-----さきほどおっしゃった「介護講談」というのは?
1994年に二つ目に昇進したんですが、なかなか仕事のお声がかからず、異業種交流会や勉強会などに顔を出しては、「講談師です。よろしく」と名刺を配って営業していたんです。そのノリで、池袋の男女平等推進センターエポック10で開かれた「男の介護教室」に参加した時に、ラッキーなことに同館の副館長から「介護講談を」と依頼されたのがきっかけです。
講談は「軍記物」や「歴史物」などが中心の男性のもの。最初、家庭のつらい話をするなんてありえないと思ったのですが、女の私だからできるものをやりたいとの思いもずっとあったので、思い切ってお受けすることにしたんです。
最初の介護講談では、実母と義母の介護の話をしました。聞いた女性からは「よくぞ介護の大変さを言ってくれた」と言われましたが、男性からは「暗い」と不評でしたね。でも、地域の老人会などからお声がかかるようになり、介護講談のネタの引き出しを増やし、話の幅を広げるために、医療側や介護されている側のことを勉強したいと、前向きな介護をやっている施設を片っ端から見学に行ったんです。看護師の朝倉義子さん主宰の「ZIZIBABA体験」の合宿にも参加しました。
-----ZIZIBABA体験とは?
介護される当事者体験です。おむつをしたり、ガムテープをぐるぐる巻いて半身マヒになったり。私は車いすで美術館に行った時に、受付の人の冷たい視線を感じたし、鼻にチューブを入れた時も大変でした。
参加者に現役の看護師さんが何人かいたので、その人たちが普段仕事でしているのと同じように私の鼻にチューブを入れようとしてくれたのですが、うまくいかず、私は痛くてたまらなかった。ところが、朝倉さんが「これから(チューブを)入れますが、痛いですよ。途中、鼻の奥と喉の奥に詰まるところがあるので、そこでゴックンしてください」と言い、私がそのようにすると、す〜っと入りました。介護の現場で一番大切なのは信頼関係だと身をもって体験しましたね。
それに、以前は、点滴の時、患者が針を抜かないように縛ることがありましたよね。あれをやると、当事者はものすごい屈辱感を感じて、怒る。しかし、いくら怒っても無駄だとなると諦める。諦めると、いろんな感覚がなくなり、何をされても痛くも痒くもなくなっていく。それは大変なことなんだ、と。
-----そんな時に、いいタイミングで、晋さんがやってきた!
そうですね。ZIZIBABA体験や、医師や看護師と話した経験は、じいちゃんの介護に役立っていると思います。
もっとも、じいちゃんがうちに来て、大騒ぎしていた頃、実際のところ一番知りたいのは「どれほどもつか」ということなわけですよ。ストレートに聞けないから、「じいちゃんは長生きできますよね?」と医師に聞くと、「もって1年半かな」という返事だったので、それくらいの期間なら、楽勝かと(笑)。ところが、いつ死ぬかいつ死ぬかって思って見ていたのに、なかなか死ななくて。
看護師の朝倉さんが様子を見に来てくれた時に聞くと、「5年10年もちそうよ」って。信じたくないと思ったけど、その時に彼女が「とにかく介護は長く続くので、頑張ってたらもたないよ。死ぬ前の1カ月だけ頑張ればいい。それまでは、それぞれの人生を大切にして、ついでに介護しなさい」って言われて、そうだ、頑張らなくっていいんだと、す〜っと楽になった。
-----仕事との両立も、大変だったでしょう?
講談の練習は、じいちゃんの部屋の隣の自室でするんですが、お腹の底から声を出して「三方ケ原軍記を一席申し上げます……」ってやっていると、突然「腹減ったよ。助けてくれ〜」ってじいちゃんの大声が聞こえてくるの。最初のうちは集中できず、いちいちじいちゃんの世話をしに行って大変でしたけど、そのうち、あれは元気な証拠。少しくらい放っておいても大丈夫だと分かってきたんですね。
だから、今じゃ、じいちゃんの大声も全然平気。世間体をまったく気にしないし。手を抜いていいところ、抜いてはいけないところの判断ができるようになって、じいちゃんと私たち、「不まじめ」ないい関係に……。じいちゃんに感謝しているんですよ。
------感謝、ですか?
ええ。「このやろ〜」って怒ってばかりだったじいちゃんが、1年、2年と介護を続けていくうちに、目薬をつけてあげても、おむつを替えてあげても「ありがとう」と言ってくれるようになった。牛乳とパン、おかゆにも「ありがとう。すごくおいしい」って。ありがとうと言われるたびに、「こちらこそありがとう」と感謝したい気持ちになるんです。思わず「もっとサービスしちゃおうかな」なんて。
全ての人におすすめというわけではないですが、私にとって、自宅介護は「人間は老いて死んで行くのだ」ということを存分に学べる場であると共に「感謝」の心をもらえる場だと思います。
2009年10月インタビュー text 井上理津子
田辺鶴瑛(たなべ・かくえい)さん
講談師。ホームヘルパー2級。1955年北海道生まれ。18歳から3年間、脳動脈瘤で入院する実母を、31歳から3年半、義母を介護。現在は義父の自宅介護の真っ最中。1990年に講談師・田辺一鶴氏に弟子入り。古典に取り組むとともに、94年から「介護漫談」を開始。目下は晋さんとの本音のやりとりを語る介護漫談が好評で、全国を回る日々を送っている。著書に、同じく講談師の娘・銀冶(ぎんや)さんがイラストを担当した『ふまじめ介護』(主婦と生活社)など。HPはhttp://www.tanabekakuei.net/ |
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ふまじめ介護―涙と笑いの修羅場講談 |
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