介護が必要な高齢者を社会全体で支えようと、利用者がサービスを選べる介護保険制度がスタートして1年。はたして高齢者はこの新しい制度に満足しているのか。また、介護の現場ではどんな課題が上げられているのか・・・・。長年、老年医学医師として寝たきりの高齢者の介護システムに取り組み、これまでの高齢者医療に警鐘を鳴らし続けてきた一人であり、介護保険制度では構想段階から関わってきた岡本祐三さん(57歳)に、介護保険の現状をうかがいました。
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「『バラ色の混乱』が、現実に起きていますよ」
介護保険が始まれば起こるだろうと、岡本さんが予想していた「バラ色の混乱」。現在、兵庫県の介護保険苦情処理委員会の委員長でもある岡本さんの元には、「ヘルパーが時間通りに来ない」、「ヘルパーがきちんと仕事をしない」など、介護に関するいろいろな苦情が寄せられている。また、これまで利用希望者に割り当てられるだけだった特別養護老人ホームや老人保健施設などの施設も、利用者が一度に3〜4カ所に応募するようになり、一番いい施設への入所を待つなど、サービス競争が始まっている。利用者が何も口出しできず、一方的に与えられるだけだった従来の措置制度(行政サービス)と違い、介護保険では苦情が言えるうえ、事業者はその苦情に合わせた対応を迫られる、これこそ革命的変化であり、この前向きな混乱を岡本さんは「バラ色の混乱」というのである。
初めて主役となった高齢者本人
そして、もうひとつ新たな混乱が、契約の問題だ。施設に入所の際、これまでは高齢者本人の意志よりも、家族で決定する場合がほとんどだった。それが、高齢者の中には、「本当は施設に入ることを承諾していないんだ」「本人の同意も取ってほしい」という人が出始めた。本人が自分の名前で契約することで、高齢者の意識も変わってきているそうだ。高齢者の問題でありながら、初めて“高齢者本人"が登場してきたわけである。
「介護保険で初めて高齢者個人の意志と家族の意向の対立が顕在化してきました。これまで高齢者福祉問題は、家族が面倒をみるものとして、世帯単位でしか考えてこられなかったんです」
日本の介護問題は80年代、
介護地獄からスタートした。家族の介護負担をどう解消するかである。北欧を視察した岡本さんらが、 日本に初めて紹介した「寝たきり老人」という実態。それこそ実は「寝かせきり」であり、寝たきりにさせられていた高齢者はひどい床擦れに、うめき声もあげられないでいた。このとき初めて、障害のある高齢者は寝かせきり(過度の安静)がかえって害になるといった介護の"方法論“に関する問題が提起されたのだ。
「それは痴呆症も同じで、いい施設で、扱いを心得たスタッフに囲まれ、心理的に安心できれば問題行動はうんと減り、結果的に介護負担も減る。これまではそれを誰も論じず、家族が大変だからと、痴呆高齢者の異常行動ばかりが指摘されてきた。拘束問題にしても、本人にとって拘束がどうかは議論されず、勝手に歩いて転倒し骨折したら、家族からどんな苦情が出るか分からないからと、安全対策として行われていた。高齢者自身が人間として尊厳を保たれた生活を享受できているのかが問われなければいけない」と語る岡本さんだ。