保護者が子どもに身体的、心理的な暴力をふるう。わいせつな行為をする。十分な食事を与えない、長時間放置するなど監護義務を怠る――。そんな虐待行為を防止するために「児童虐待防止法」が施行されたのは2000年11月。2000年度、全国の児童相談所が関与した子どもの虐待相談件数は約1万8800件にのぼり、虐待防止のためのさまざまな取り組みが行われてきています。しかし、こういった現象は“虐待先進国”と言われるアメリカに比べると、ずいぶん後発なようです。日米の子どもの虐待事情に詳しい大阪大学助教授、西澤哲さんに、アメリカでの歴史的な流れや日米比較などについてお聞きしました。
1880年代、貧困によるネグレクト問題から始まった
――アメリカで虐待が問題にされるようになってきたのはいつ頃からですか。
1800年代からです。お金がないために親が子どもに十分な食事を与えたり、情緒的なケアができないという貧困の問題から、いわゆるネグレクト(neglect)が焦点化されたのが始まりです。当初は、親が故意に子どももケガをさせたり殺してしまうケースがあるとは気づかれなかったのですが、1960年代初頭にアメリカの小児科医ケンプが、親によって身体的な傷を負わされた子どもに見られる特徴を被殴打児症候群(battered
child syndrome)として発表。親による子どもへの暴力が例外的でないこと、暴力を受けた子どもは不適切な養育環境に長く置かれ、暴力が繰り返されていることなどが明らかになり、医療、福祉、保健などの分野に大きな波紋を投じました。この後、虐待に関する法律が制定されたんです。
――どんな法律ですか。
保育士、教員、ケースワーカーなど子どもと接する職業の人が虐待を知った場合、もしくは虐待を疑うケースがある場合、通報しなければならないという虐待報告義務法(Child
Abuse Reporting Law)です。この法律が1963年から67年にかけて制定されるのに合わせて、虐待の報告を受けて調査などを行う公的機関、CPS(Child
Protective Swevice=子ども保護機関)が全米に設置され、虐待に対する認識が深まるようになりました。
――虐待とは、具体的にどのような行為を指すのですか?
当初はネグレクトと身体的虐待(physical abuse)の2種類とされたのですが、70年代後半から性的虐待(sexual
abuse)、90年代半ばから心理的虐待(psychological abuse)も指摘されるようになりました。身体的虐待が行われる場合には心理的虐待も伴う、性的虐待が行われる場合には心理的虐待も伴うといったように、輻輳して行われるようです。
日本語の「虐待」という言葉は日常生活とかけ離れたニュアンスを持っていますが、これは英語の“abuse”を訳したもの。直訳すると「離れた使用」「正しくない用い方」となり、本来は日常的な言葉です。夫婦やカップル、親子など親密な人間関係の中で、一方が他方を不適切に取り扱うことを指しています。“drug
abuse”が「薬物乱用」と訳されるように、“child abuse”は「子どもの乱用」と訳す方が正確ですが、そうすると説明が必要なので、便宜上「虐待」という言葉を使っているわけです。
いずれにせよ、子どもの虐待とは「親が、子どもの存在あるいは子どもとの関係を、子どものためではなく自分のために利用すること」を意味しています。
年間300万件の虐待に対応するアメリカ。30年遅れの日本
――アメリカでの子どもの虐待の件数は?
虐待の事実もしくはその疑いがあるとしてCPSに報告された件数は、最初に全国統計がとられた1974年に約70万件でしたが、昨今では約300万件に増えています。約300万件のうち、CPSが調べて問題にするのが52%の約150万件。そのうち約80万件が何らかの形で虐待があったと認定され、約50万件がケアを受け、約10万人の子どもが親から分離されています。
――では、日本での子どもの虐待の件数は?
全国の児童相談所が受け付けて処理した虐待に関する相談件数は、1990年度が約1000件、2000年度がその約18倍の1万8800件です。あるいは、厚生労働省からは、児童相談所のほか保健所や病院などを含めた子どもに係わる機関で発見された子どもの虐待は年間3万〜4万件にのぼるという数字も出ています。しかし、それらは虐待件数の一部に過ぎないという意見もあり、全体的な統計データが存在しないためその実数をつかむことは現在のところできません。