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セクシャル・ハラスメントを考える

上司からのセクハラ被害と裁判闘争を振り返って 「福岡セクハラ裁判」 原告 晴野まゆみさん

 1999年の改正労働基準法に「セクシュアル・ハラスメント防止ガイドライン」が盛り込まれて3年余り。「セクハラ」という概念がようやく市民権を得てきた昨今ですが、10年以上前に職場でセクハラ被害に遭い、裁判に持ち込んだ人がいます。
 福岡市のフリーライター、晴野まゆみさん(45)。裁判では「原告A子」と匿名でしたが、「日本初のセクハラ裁判」として大きな話題となり、全面勝訴を勝ち取ったことを記憶の向きも多いかもしれません。晴野さんにその経緯、そして「自分」を取り戻すまでの道のりを聞きました。
 セクハラについて考えると共に、係争中に晴野さんと弁護団・支援の会の人たちとの間に出来ていったという「溝」についても、考えてみませんか。

我慢すればするほど、セクハラはエスカレート

 晴野さんが、勤めていた福岡の出版社の上司からセクハラを受け、あげくに退職に追い込まれたのは今から14年前。まだ日本に「性的いやがらせ」の概念もセクハラという言葉も定着していないころだった。

 その出版社に入社したのは、20代後半。情報誌の編集という仕事柄、外注先の人たちとコミュニケーションを取る目的もあり、男女の別なくよく飲みに行っていたのですが、そういう私を上司が「夜遊びがお盛んだからな」と冷笑したのが、はじまりでした。
 友人との待ち合わせに向かう私に、「結婚もせず男遊びか」。取引先や周囲の人間にも「晴野ときたら夜遊びが好きで」と言いふらす。出入りの学生に「○○さん(上司)が言ってましたけど、晴野さんて男出入りが激しいんですか」と聞かれたこともあり、腹が立ちましたが、初めのうちは「捨てておけ」と受け流さざるを得ませんでした。

 なぜなら、男女雇用機会均等法が制定される以前、今よりはるかに女性の就職が難しかった当時のこと。私が就きたかった「ものを書く仕事」への門戸は非常に狭く、3度目の転職でやっと就職できた職場だったからです。事を荒立てて、やっと就けた念願の職を棒に振りたくなかった。そんな時代であり、環境だったんです。
 
 晴野さんは、熱心に働いた。一方、上司は対外的な約束をすっぽかすなど、いい加減な仕事ぶりだった。取引先などからの晴野さんへの信用があつくなっていく。それにつれ、上司の性的いやがらせの言葉はエスカレートした。

 上司は男のメンツをつぶされたと思ったんでしょう。私が我慢すればするほど、「男関係にだらしのない女だ」「誰それと不倫している」と根も葉もない噂を流す。卵巣腫瘍の手術で入院したことを「男遊びが激しくて、婦人病にかかった」と周囲の人たちに言う。それも、私の目の前で、笑いながらです。体中の血が逆流するような怒りを覚えました。
 ある時期、私はその上司の知り合いであるスポンサーの既婚男性と、恋愛関係だったことがあるんですが、上司は自分がその男性に、まるでゲームのように「あの女を誰が落とすか」と持ちかけたからだと、私に言ったんです。上司は、私をスポンサーへのギフト代わりにしたのだ、私を女という性的対象物としか見ていなかったのだと分かって、怒りに震えました。さらに、
「不倫の事実は黙っておいてやるから、会社を辞めてほしい。不倫した女なんか会社にいては迷惑だ。それともみんなに知られたいか」
 と脅してきたんです。

「男を立てることを覚えなさい」と解雇

晴野まゆみさん 我慢も限界に達した晴野さんは、助けを求めるつもりで、意を決して監督責任のあるはずの支社長と専務に一部始終を話した。しかし、返ってきたのは、さらに傷つく言葉だった。そして、事態は最悪の方向へと動いた。

 私が支社長と専務に上司の性的いやがらせのことを思い切って打ち明けると、思ってもみない言葉が返ってきました。
「君も大変だな。だが、まあここは笑ってすませなさい。大人の女なんだから、笑ってやり過ごしなさい」
 あげくに、専務から「ケンカ両成敗」だとして「明日から来るな。クビだ」という通告を受けたんです。
 私は、冗談じゃないと食い下がりました。性的中傷を受け、救済処置も取られずに即日解雇とは何事ですか、と。しかし、会社側はまったく聞く耳を持っていなかった。「ともかくクビだ」です。
 しかも、「ケンカ両成敗」のはずが、上司の処分は自宅謹慎だけだと言う。その理由を聞くと、
「女性は仕事を辞めても結婚がある。男はそうはいかない。君は優秀だ。しかし、男を立てることを知らん。次の就職先では男を立てることを覚えなさい」
 と言うんです。悔しかった。割り切れなかった。2年半にわたる屈辱の末が、こういうことだったんです。1988年5月24日、私はボロボロになり、退職しました。

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