カリヨン
子どもの家は一戸建てで個室が4部屋、定員は4人。ボランティアスタッフが交代で泊まり込み、24時間態勢で見守る。「安心できる場所に逃げてきて、温かいご飯が食べられ、相談できる仲間や味方がいる中で次のステップに踏み出す力をつけ、自分で選んでいくこと」が基本方針。子どもの家の合い言葉は、「一人ぼっちじゃないんだよ、一緒に考えよう」だ。
坪井さんは「シェルターなので、長期宿泊はできないことが前提」と話す。弁護士や児童福祉師、スタッフらが関係機関と調整しながら親と交渉し、施設や就職先探して、約1か月半から2カ月で子どもたちの行き先が決まる。公的補助もなく、寄付だけでの運営はかなり厳しいそうだ。
児童相談所に相談したが、どうにもならないと行き場を失った子、福祉事務所や家庭支援センターなどから紹介されて来る子、学校の教師に「子どもの人権110番」の存在を教えられ、相談してきたケースなど、子どもの家にたどり着くルートはさまざまだ。
多くは、幼い頃、養育放棄や虐待を受けて児童養護施設で育ち、中学卒業後、就職したが数カ月後に失敗したというケース。経済的には恵まれていても親に厳しく管理され、自分を出せずに親から逃げてくる子もいる。子どもの家で自分の話を聞いてくれる友だちと出会い、耳を傾けてくれる大人と出会うことで子どもたちは確実に変わっていく。
「大人ってみんな敵だと思っていたよ。味方になってくれる大人もいるんだね」と話したA子。精神科にかかるほど心を病んでいたB夫は、顔つきや言葉づかい、態度が変わって学校へ行くと言い出した。驚くほど変わったのは、C太郎だ。小さい頃から親の虐待を受けていたが、成長して力をもつことで逆に家庭内暴力をふるうようになり、親から家に一人で放置されていた。
「ここに入って、みんなと一緒にごはんを食べ、きちんと掃除された居場所ができたら、学校へ通うって気持ちになれる。衣食住に満足し、一緒に生きてくれる人がいると分かると、こんなに単純なことで子どもは元気になっていく。子どもが育つために普通の家庭の大事さを実感せざるを得ません」と語る坪井さんの横顔は晴れやかだ。
坪井さんの活動の原点は、「
大人と子どものパートナーシップ」。87年から子どもの人権救済活動を始め、傷ついた多くの子どもたちと接する中で、本当に子どもを救うことの意味を模索している時期に出会ったのが、「少年非行の防止に関する国連ガイドライン」の“子どもと大人の全面的かつ対等なパートナーシップ”という言葉だった。
「すごいショックを受けました。私が解決策を導き出してあげるんだというおごりを捨て、『あなたは私のパートナー、あなたのことは自分自身がいちばん分かっているのだから話してみて。そして、手助けが必要なら協力を惜しまないよ』という視点でつきあうようになったら、子どもたちの態度が変わりました」
どう扱ったらいいか分からなかった子どもたちが、自分のことを語り出し、どんどん元気になっていったのだ。中でも忘れられないのが、「こんな考え方をする大人に、こんなに話を聴いてくれる大人に出会ったのは初めてだよ」と心を開いてくれた少年の言葉である。
もちろん家庭でも3人の子どもたちに宣言した。「お母さんとあなたたちは対等なパートナーなんだ。あなたたちのことはあなたたちがいちばん分かってるんだから、自分たちで考えて自分で決めんのよ」と。しっかりと受け止めた子どもたちは、それ以来、母の言動には厳しい。坪井さんが間違えた発言をしようものなら、「お母さん約束が違うよ」と、そのたびにバトルがくり返されるそうだ。
「仕事面でも、責任が取れないことをしちゃいけない。『帰れよ!てぇめーなんか!』と拒絶されると何にもできなくなるけれど、『見捨てないよ。私はあなたのことをいつも気にかけているよ』というメッセージだけはいつも持ち続けたいと思っています」
弁護士としてたくさんの問題を抱える子どもたちに接して、いつも感じるのが「もし、この子が一人の人間として小さい頃から大切にされ、生まれてきてありがとうという思いで育てられていたら、こうはなっていなかっただろうという思い」だ。
眼差しや言葉ですら抱きしめられなかった子どもたち。すごく密着した親子関係でも、ペットのように支配され、病んでしまった子どもたちが多すぎるという。
坪井さんいわく、「だからこそ、回復の希望があるんです! 病や傷だから、癒える。この子は生まれついてこうだから変わりようがないと思ったら希望なんかありません」
以前、義祖父から性虐待を何年も受け続け、自殺願望をもつ女の子が打ち明けた。「自分はすごく汚れている。だから大人になっても、恋愛なんてできないと思う」。傍らで坪井さんは、語りかけ続けてきた。「そうじゃない、あなたは深く深く傷ついているだけなんだよ。時間はかかるけど傷は癒せるんだ。傷を治せば恋愛もできるし、結婚もできる、あきらめないで」。
今、その子は結婚し、一児の母になっている。傷は希望に転化することができるのだ。
最近、「子どもが変わった」とよく言われる。しかし、「変わるように影響を与えているのは我々大人たちだ」と坪井さんは語る。
「見かけや思考パターンが変わっても、子どもは人間として一生懸命生きたいと思っている。その思いは昔も今も変わりません。本当に共に生きてくれる人がいて、自分が大事にされてると確信できる子どもたちが、たっぷり生きたい、成長したいと思うエネルギーはすごい。大人には真似できないものです」
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