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特集



BTSとジェンダー とんだばやし国際交流協会理事長 北川知子さん

2024/08/28


国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。第3講はとんだばやし国際交流協会理事長の北川知子さんに「BTSとジェンダー」をテーマに講演していただいた。その様子を報告する。


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そもそもBTSとは

 韓国のアイドルグループであるBTSを好きになり、彼らのことを調べ始めると「ファンダム(熱心なファンやコミュニティ)」との関係も含めて興味深いことがたくさんあり、さらに深みにはまることになりました。日本で「オタク活動(オタ活)」「推し」などの用語で表現される「ファンダムの態様」とその社会的評価を人権のレンズで見直してみると、さまざまな偏見の問題が現れてくるのに気付いたのです。

 BTSの「深読み」をするオタクは世界中にいると言われています。この夏、ソウル研修旅行で知り合ったトルコから留学中の女性は「トルコ女性のエンパワメントとBTS」というテーマで国際BTS学会で発表するのだと話してくれました。

 いわゆる「韓流ファン」と呼ばれてきた女性たちは、日本社会で往々にして「ルックスに惑わされて浮ついている」「反日の韓国にだまされている馬鹿な女たち」というレッテル貼りをされ、攻撃されてきました。それも性差別意識の問題ですし、かつ植民地主義の文脈でとらえるべき課題でもあります。

 本講座ではBTS&ARMY(ファンダム)の歩みを紹介しつつ、私たちが構築すべき「人権に満ちた文化」像を考えたいと思います。

 BTSとは、「防弾少年団(BangTanSonyondon)」の略称です。2017年に「Beyond The Scene」と再定義されました。「10代、20代に向けられる社会的偏見や抑圧を防ぎ、自分たちの音楽を守り抜く"防弾"少年団」「Beyond The Scene:現実に安住することなく、夢に向かって絶えず成長していく青春」という意味が込められています。

 デビューは2013年。当初はヒップホップグループとして売り出し、途中からアイドルへと路線変更しました。そういう経緯からメンバーはラッパーが3人、ボーカルが4人という構成です。今や世界的に支持されている彼らの3つの特徴をご紹介します。

その1 等身大のメッセージを発信する楽曲(詞)

 デビュー以前から、またアイドルに路線変更した後も、ラッパーの3人(RM、SUGA、J-hope)がほとんどの楽曲をつくっています。ヒップホップ由来の「レゼペン(出自を代表する、象徴する)」「オーセンティック(正直さ、自分らしさ)」に価値を置いているのが特徴です。同時に、その時々の彼らの悩みや社会に対する疑問や憤りも素直に表現していて、非常に強いメッセージ性があります。

その2 完璧なパフォーマンスと、つくりこまれた世界観

 彼らは「自分たちは韓国人のアーティストである」ということをミュージックビデオでもステージでも演出として取り入れ、それを世界に発信してきました。韓国の伝統楽器を使ったり、伝統舞踊などで用いられる独特なかけ声を入れたりもしています。自分たちの出自を明確に出しながら、K−popアイドルの特徴である「カル群舞」ーー完璧にタイミングを合わせ、頭の高さや動きの角度までシンクロしたダンスーーでもファンを魅了します。ミュージックビデオやステージの演出などに時期ごとに一貫したテーマと世界観があり、その謎解きや解説にファンが熱中します。

その3 7人の個性(強み)がそれぞれに違うため楽曲や表現に幅と多様性がある

 メンバーには3人のラッパーがいると言いましたが、タイプはそれぞれに異なります。ボーカルの4人もまた、「安定した広い音域」「低音ハスキー」「繊細さを印象づける高音」「激しいダンスをしながらも息切れせずに歌い切るパワフルさ」とそれぞれ個性が異なります。誰もが高い実力をもっているため、次々にセンターが入れ替わっていくパフォーマンスも強みです。

 そして、BTSを語る上で欠かせないのがファンダム「ARMY」の存在です。私がBTSにどっぷりはまった大きな理由のひとつも、ARMYという集団にとても惹かれたことでした。やみくもに支持するのではなく、「おかしい」と思うことは見過ごさず、正面からアイドルや事務所を批判し、対処を要求するクリティカルフレンドであり、そのことがBTSメンバーの成長にも寄与してきました。

 同時に、たとえばBTSが世界進出する時などはしっかりと後押しします。たとえば彼らの発信がただちに各言語に翻訳され、拡散されるのも、「翻訳班」と呼ばれるARMYの自主活動です。

 メンバーのRMは「ARMYとBTSは"平行線の愛"」だと表現しました。「離れないが交わらない、同志的愛」という意味です。弱小事務所の所属だったBTSを世界的アーティストに押し上げたのはARMYの存在があってこそと言っても過言ではありません。

K-POP/抵抗の系譜とBTS

 日本でも米軍基地の周辺から始まった音楽シーンの歴史がありますが、韓国も同様に米軍基地近くの梨泰院のクラブ「ムーンライト」を拠点に1980年代半ばからヒップホップが隆盛しました。1992年、「ソ・テジ ワ アイドゥル」(ソ・テジとガキども)がデビューします。ボーカルのソ・テジが楽曲を提供し、ストリートダンスとラップを融合させたパフォーマンスで10代から爆発的な人気を得て、「文化大統領」と呼ばれました。批判精神や政治的・社会的メッセージ性を発揮した代表的な楽曲として「学校イデア」シリーズや「渤海を夢見て」があります。「家に帰ろう」という楽曲がラジオでかかると、多くの少年少女が家に帰ったという伝説もあります。

 一方、ヒップホップファッションを「不良化」だとして禁止しようとする学校や大人との対立も生まれました。

 当時の、韓国の国内事情ですが、1993年に初の文民大統領である金泳三大統領が就任し、韓国は民主化への希望が高まっていました。しかし軍事政権時代の急成長の歪みが大事故(1994年聖水大橋崩落事故、1995年三豊百貨店崩壊事故)として現れるなど、韓国にとってとても複雑で矛盾した時代でした。

 そんななか、ソ・テジ ワ アイドゥルが三豊百貨店崩落事故をモチーフに制作した発表した楽曲「時代遺憾」が検閲によって発売不許可になる事件が起きます。当時、韓国には音盤事前検閲制度があったのです。ソ・テジ ワ アイドゥル側はあえて歌詞のないインストバージョンで発売しました。この一件が歌詞検閲制度の問題を知らしめることになります。

 ファンの高校生が野党第一党のリーダーだった金大中総裁(当時)に手紙を書いて「検閲は民主化に反しないのか?」と訴えたことから国会内で調査委員会が立ち上げられました。そして審議の末、1996年6月に音盤事前検閲制度が廃止。大衆音楽に対する権力の過剰な介入を阻止する方向へと法改正がなされたのです。

 その後、「時代遺憾」はノーカット版が発売されましたが、ソ・テジ ワ アイドゥルは1996年1月に解散します。しかし、彼らが投げかけたメッセージと事前検閲制度廃止の影響は大きく、結果的にその後の韓国の音楽産業に活況をもたらしました。

 デジタル化によるCD売り上げ減を見越し、デジタルマーケットを前提とした販売・流通戦略、すなわちいかにインターネットを使うかという方向へと早々にシフトしたのです。これがファンとのつながりを強めることにもなり、ファンダムのオンライン活動(ファン・カフェ)が活発化、アーティストとファンの二人三脚で売り出していくというスタイルが確立、定着しました。

 K-POP第三世代であるBTSは、ソ・テジ ワ アイドゥルの社会批評性、いわば「闘う大衆音楽」の系譜を受け継いでいるとも言えます。地方格差の激しい韓国において、一人もソウル出身者がおらず、「MaCity」「SilverSpoon」といった楽曲には、その特徴がよく表れています。

韓国#me tooとBTS

 韓国は儒教文化や家父長的価値観が強く残り、女性の立場が弱い社会です(日本と似ています)。90年代の民主化に伴い、戸主制廃止などの法制度改革は進みましたが、意識変革は進んでいるとは言えません。

 2015年「MERS感染症を広げたのは香港から帰国した20代女性」というデマとともにネット上に女性蔑視・差別用語が拡散しました。それを問題視した人々がさまざまな団体を立ち上げ、フェミニズムや差別に関する勉強会が各地で開かれるようになりました。

 こうした中で、BTSの楽曲(歌詞)やMVの演出に対して「女性をモノ化し性的対象を眼差している」「性暴力の軽視・無理解だ」と異議申し立てと抗議が起きます。批判はARMYからも起こり、ファンダム内でも激論となりました。

 これを受けて事務所は「責任を痛感」「社会に存在する不公正からアーティストも影響を受け自由ではないことを自覚し、学ぶ努力を厭わない」とする公式コメントを発表、女性学の専門家による研修実施や歌詞のチェックなど再発予防策を実施するようになりました。

 アーティスト自身も「意図しようとしまいと、自分の失敗は自分で引き受けられる'いい人'になります(RM)」とライブ配信で宣言しました。

平等と公正をめざすポップスターの「やさしい影響力」

 BTSを中心に話を進めてきましたが、韓国は寄付文化が根付いています。社会的活動をする団体に寄付することは「一定の収入にある大人なら当然」という意識が共有されているのです。それはBTSだけでなく、アイドルの世界も同じです。

 たとえばアイドルグループSHINHWA(シンファ)のファンがコンサート会場に花輪に米を添えた「米花輪」を贈り、コンサート後に児童養護施設や福祉団体にそれを寄付するということを2007年から始めました。今では「アイドルが寄付したらファンダムも寄付をする」ことがファン活動として当然のこととされています。いわゆる「推し」の誕生日や記念日に合わせた寄付活動も盛んです。こうした活動は「やさしい影響力」と呼ばれています。

 2020年、#BLM(ブラック・ライブス・マター)運動支援のため、BTSが所属事務所とともに100万ドルを寄付しました。同時に「私たちは人種差別に立ち向かいます。私たちは暴力を非難します。あなたも、私も、みんな尊重される権利があります。私たちは団結します」と、韓国語と英語で公式アカウントで発信しました。

 これに呼応した北米ARMYを中心に「#MatchAMillion(寄付金を倍額に)キャンペーンが始まり、24時間で同額を集め、全米黒人地位向上協会(NAACP)の法律事務所などに寄付しました。

 ここまで述べてきたように、BTSとARMYは「ARMYとともに年をとりたい」「推しの生き方に恥じない私でいたい」と互いをリスペクトしあう関係を培ってきました。残念ながら、韓国内で#metoo、フェミニズムへのバックラッシュが強まっている情勢が影響しているのか、ARMYの抗議行動にも縮小傾向が見られ、ファンを離れる人もいます。それでもBTSとARMYは大きな影響を社会に与えました。

 BTSは「希望」を体現していると私は考えます。「男らしさ」の呪縛から自由で、「有害な男らしさ」がありません。メンバーは同じ仕事をする「同僚」であり、ライバルであり親友でもある。冠番組などで垣間見えるコミュニケーションから、お互いに一目置き合い、依存や干渉のない自立した個人同士の関係性であるのが伝わってきます。「強い」リーダーが率いるのではない、「サーヴァントリーダーシップ」型の組織を体現してきたBTSは、これまでにないアイドル像というだけでなく、若者のひとつのロールモデルを提示していると言えます。