人工知能(AI)の進化とこれからの社会 近畿大学教授 北口 末廣さん
2017/01/25
国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議では毎年様々な切り口で人権をテーマにした「プレ講座」を開講している。2016年度のテーマは「直面する人権課題を考える」。連続講座の様子を報告する。
人口知能(AI)が人間と会話するなかで人種差別などを学習し、差別的な表現をするようになったというニュースに衝撃を受けた人も多いと思います。人工知能の進化はどこまで進んでいるのでしょうか。これからの社会や人権にどんな影響を与えていくのでしょうか。
最近、人工知能(AI)にまつわるニュースがよく流れています。厳密に言うと、人工知能はまだ完成していません。ただし、完成に近づいていると言えるでしょう。その大きな要因は、人間の脳科学の解明が進んでいることです。
私の研究テーマのひとつは、「科学技術の進歩と人権」です。今、科学技術のなかで最も進歩しているもののひとつがゲノムです。ゲノムとは、遺伝子と染色体から合成された言葉で、DNAに含まれるすべての遺伝情報のことです。さらに今もっとも注目を集めているのがIPS細胞----毛髪や皮膚から摂取した細胞を変化させることで、さまざまな細胞への分化が可能になる万能細胞です。そしてIT革命といわれる情報技術革命があります。こうした最先端技術の革命的な進化のなかで、人工知能が生まれようとしています。
今、世界の先進国は脳科学の解明に相当な予算をかけています。脳科学の解明によって人工知能の開発が進んでいると言いましたが、人間にとってそれが何を意味するかについて、今日はお話ししたいと思います。
21世紀は世界的に「高齢化の世紀」と言えるでしょう。日本は特に極端に高齢化が進んでいます。後を追うのが中国です。
日本と世界との決定的な違いは人口です。日本は人口が減り続けますが、逆に世界人口は増えていきます。日本の高齢化率がピークを迎えるのは、だいたい2040年から2042年ぐらいです。この間に日本は大変なスピードで高齢化が進みます。同時に人口が大幅に減少します。まさに人口構造の危機的な変化です。
高齢化する日本社会で最も大きな問題のひとつが、認知症です。2015年、団塊世代の年齢は65歳を超えました。2025年には、全人口の18%が75歳以上になります。どの国も経験したことがないほどの高齢社会です。
高齢社会では認知症が増加します。九州大学教授の推計によると、2040年には最大953万人、高齢者の4人に1人が、さらに2060年には1154万人、高齢者の3人に1人が認知症となるそうです。これは大変厳しい社会といえるでしょう。
しかし脳科学の進展によって、認知症の予防や改善が可能になると私は考えています。また、人工知能を搭載した介護ロボットも、いずれは完成するでしょう。
みなさんは「機械学習」という言葉を聞いたことがありますか? 単純にいうと、機械が学習して能力が高まっていくことです。その最高峰が「ディープラーニング(深層学習)」です。従来の人工知能では、人間が決めたルールに沿って、コンピュータ側が最適解を選び出していました。ディープラーニングでは、コンピュータ自身が物事の判断基準となるルールを見つけ出します。学習するとは、「判断する」「認識する」「分ける」ことです。機械学習は、大量のデータを処理しながら、この「分け方」を自動的に習得していきます。つまり、人間と同じように、見るもの、聞くもの、触れるものすべてを経験値として、コンピュータが自分自身で学ぶわけです。また、データ通信によって、加速度的に学ぶことができます。たとえば他の人工知能が経験したデータを送信すれば、即座に取り込み、学習します。常に最新のデータを得て、飛躍的に能力が高まっていくのです。
私は10年から15年後には、自然言語すなわち「書いてある言語」や会話を処理する優れた人工知能が登場するだろうと考えています。そうなればコンピュータは短時間で1冊の本を読み、要約し、学んでいきます。
こうして人工知能が完成し、進化を遂げていくようになった時、重要なポイントとなるのが「倫理観」「人権感覚」です。たとえば人工知能を搭載した自動運転車が人を乗せて走っていたとします。人が運転している自動車が対向車線を超えて迫ってきたら、間違いなく避けます。しかし避けた先に集団登校の子どもたちがいたら、はねてしまいます。向かってくる車は避けなければいけないが、子どもをはねるわけにもいかない。瞬時に、非常に厳しい判断を迫られます。みなさんなら、どんな判断をしますか?
この時に、人工知能にどんな倫理観、人権感覚をもたせるかがきわめて重要です。冒頭で、人工知能はまだ完成していないと言いましたが、多額の予算をかけて多くの国や企業が完成を目指しています。私は、人工知能を制する企業が産業を制すると考えています。また、人工知能を制する国が、世界に圧倒的な影響を与えるでしょう。だからこそ、熾烈な開発競争を演じているのです。
人工知能によって人間の生産性は飛躍的に向上します。同時に、教育や医療、政治、経済、生活といった環境も大きく変わります。権力の源泉はかつて「暴力」(軍事覇権)でした。現在は「財力」(経済覇権)から「知力」(技術覇権)へとなりつつあります。今後ますます知力に傾斜していくでしょう。雇用環境も激変し、専門職の位置付けも変化します。
アメリカにはパラリーガルと呼ばれる仕事があります。弁護士の補佐をするのですが、この仕事はほぼ人工知能に奪われると言われています。現在はパラリーガルが膨大な資料や文書から必要な情報を抽出したりしています。人工知能が導入されれば短時間かつ正確に同じ仕事をこなします。現に、アメリカではこの10年間で税理士の数が約8万人減りました。税理士の主な仕事であった監査を、人工知能が取って代わっているのです。人工知能を搭載したスマートロボットが無数にいる時代になれば、多くの人が仕事を奪われるでしょう。
オックスフォード大学の二人の研究者報告では、アメリカでは今後10〜20年の間に、IT化の影響により702の職業のうち約半分が失われる可能性があると指摘しています。ビジネスチャンスとクライシスが併存する時代がくるのです。私は、人工知能が効率化を超えて、産業構造そのものを変えると予想しています。特に日本は大きな人口変動を迎えます。産業構造の変化がより求められる時代に入るでしょう。
人口変動と科学技術によって、社会的課題も変動します。日本では、労働人口の減少や認知症の増加が課題です。たとえば建設業界では、1990年代のバブル経済をピークに、就業者が半分近くに減少しました。今後さらに減ると予想されています。医療、介護における人材不足はさらに深刻になるでしょう。
こうした労働力不足を補う人工知能ロボットも開発され始めています。ある建設会社では「トンネル老朽化点検ロボット」の2017年の実用化を目指しています。時速40キロで走行しながら内壁を撮影し、ヒビを画像解析するというものです。これまで作業員4人が20時間かけていた作業を、3人で1時間に短縮できるそうです。全国に約70万本ある長さ2メートル以上の橋梁と約1万本のトンネルは定期点検が義務化されていますが、現状では追いつきません。しかしこのロボットが実用化されれば、解決できます。
このように、今後の私たちの社会に人工知能やスマートロボットは必要不可欠です。このままでは医療費や介護費など社会保障に係る財政支出も膨れ上がります。それを抑えるためにも、この流れを止めるわけにはいきません。同時に、「倫理観」「人権感覚」をどう担保するかが問われます。すでに人工知能は巨大ビジネスとして動き始めています。私たち人類が人工知能をいかに役立てるのか。常に「人権」という観点に照らし合せ、チェックしていかなければ、格差はさらに広がるでしょう。そのためにも、まずは人工知能をめぐる現状を知り、ともに考えていきたいと思います。
●国際人権大学院大学(夜間)の実現をめざす大阪府民会議
同会議では2002年から様々な人権課題をテーマに「プレ講座」を開講している。今年度のテーマは「直面する人権課題を考える」。「子どもの貧困を減らすためにできることは?」「同性婚はなぜ認められないの?」「人工知能(AI)の進化とこれからの社会」「人口変動 漂流する高齢者」「分断社会を終わらせる:格差問題への新たな提案知憲」をテーマに5回連続で講座がひらかれる。