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特集



偏屈でも、いいかな? 番外編

2008/04/04


「その人をわかりたかったら会いに行け」

『にくのひと』を撮った満若勇咲くん
   ――取材はどれくらいかかったん?
紹介していただいてから毎週1回、合計25、6回は行きました。36時間分撮って、それを1時間にまとめてます。カメラをまわさない取材を含めると完成まで半年かかりました。
――そんなに行ってたんや! 映像では若い職人を中心に構成されてるね。
部落に行くのが初めてやったんで、僕と同世代の人たちが何を考えてるのかを知りたかったんです。なぜ、屠畜の仕事を選んだのかも知りたかったんですよ。
――もともと部落問題に関心はあったの?
実はあまり関心なかったんですよ。この作品も部落問題をからめたくなかったんです。本当は屠場の仕事だけに焦点をしぼりたかった。企画の段階で大学の先 生や映像関係の人にも相談しましたが、頭がいい人に限って屠場のことやなくて「差別はどうなん?」と聞いてくるんですよ。事前に取材はしてあったんで「当 人たちはあっけらかんとしてますよ」と言うたら「そんなことないやろー」って。はじめから差別はあるもんやっていう見方しかしてなかった。
――部落や屠場と差別を結びつけすぎると。
僕の出身の京都にも部落はあるんですけど、どこが部落かわからないんですよ。だからどういうイメージなんか自分でもよくわからない。僕らがもってる認識 としてはヤンキーが多い、というくらいのもんで(笑)。だから大学の先生たちは結局、頭でっかちなんだなあと思います。今回取材して一番の教訓は、その人 をわかりたかったら会いに行けっていうことですね。真正面から向き合わないと何もわからないというのがわかりました。

いろんな人がいる、いろんな考えがある

――結局、部落差別についても取材してるけど・・・。
地元の人は部落問題に関してはもっと敏感なんかなと思ってました。取材しはじめたころは、おそるおそる部落のことを聞いてたんですけど、真正面からズバリ聞いたら向こうもズバリ答えてくれました。逆に遠慮があるほうが失礼かなって。
――部落を笑いのネタにする若い職人とか、部落、部落言うから差別が広がるという、いわゆる寝た子を起こすな論を力説する元職人とか、いろんな人が出てきてたね。
今までは差別されて悲惨だというのを声高に叫ぶような作品ばっかだったんで、部落の中でもああいうふうに考えが分裂してる、いろんな考えを持っている人がいるっていうのを明確に描きたかったんです。
――歩けない病畜を職人がハンマーで成仏させる場面まで撮ってるけど、よく撮らせてくれたね。
ほんと、すごいですね。あそこぐらいどの部落もオープンになれば、という思いで今回の作品をつくったんです。取材した人は被差別経験がない人がほとんど でしたが、なんで職人さんたちが部落差別に遭わなかったのかっていうと、あの人らの人間性の強さに差別をはねのけるものがあったんじゃないかと思うんです よね。

恬淡とした明るさこそが、差別問題に対する有効な解決方法ではないか――そう確信するにいたったという。
満若君自身は、屠場で働くのは「きつそう」なので無理と考えている。けれども「牛一頭をばらしてみたい。それができたらかっこいいじゃないですか」とも 言い放つ。私は遅ればせながら、彼の濃いキャラクターに気付いたのだった。「にくのひと」は、ときには差別を笑い飛ばす被写体の魅力と、その被写体に正面 から向き合う意欲と個性が合体してできた快作である。
この作品は、大阪芸大で映像を専攻する3回生(2007年度)が制作した約100作品のうち、学内上映会での観客アンケートの一位に輝いた。同時に記録 映像コースの最優秀作品賞にも選ばれた。快挙ではないか。学生と教員に、加古川食肉センターにかかわる人たちの、そして満若君のメッセージは、確かに届い たのだ。
屠場を舞台にした優れたドキュメンタリー作品と、有望な監督の誕生を祝福したい。