ふらっと 人権情報ネットワーク

特集



部落問題ありのまま vol.1

2007/07/26


ギャップの大きさ ~恥ずかしながら、驚いた

話を聞いたのは、仕事仲間や先輩、友人といった、いわば私の生活圏のなかにいる人ばかりである。これまで 部落問題の話をしたことはほとんどなかった。しかし改めて話を聞いてみると、実にさまざまなエピソードが語られる。恥ずかしながら、私はまずそのことに驚 いてしまった。私自身はともかく、一般的には部落問題は非常にマイナーなテーマだと思い込んでいたが、そうではなかったのだ。
残念なのは、現在の部落解放運動および運動団体のあり方や考え方とのギャップが大きいことだ。
たとえば、糾弾について。50代の男性が学生時代に経験したような激しい糾弾が行われていたのは事実だ。しかし、現在の糾弾は違う。まず、事前に関係者 に対して綿密な事実の聞き取りが行われる。聞き取られた情報をもとに糾弾が行われるのだが、糾弾する側の論理展開は実に理路整然としている。感情的に詰め 寄ることも机を叩くこともない。
糾弾に至った原因である差別行為は、部落出身であることを理由に人を誹謗中傷したり、飲み会の席で部落に住んでいることを“わざわざ”持ち出したりと いった悪質なものだ。しかも実際には部落出身者だと名指しされた人がそうでないケースも少なくない。つまり、部落出身者であることが差別の対象となること を重々知っており、それを利用して人を貶めるという行為をおこなっているのである。
そういう人物に対して、丁寧な口調で語りかけて、事実をひとつひとつ確認していく。なぜ、そうした行為をおこなったのか。再発防止のために何が必要なの か。その人が部落に差別意識を抱くに至った背景を掘り起こし、ウソや否定やごまかしがあっても頭ごなしに怒鳴りつけることもなく、ねばり強く「差別を受け る痛み」を伝えよう、ともに考えようとする。
少なくとも私が見た糾弾は、そういうものだった。

伝えることの大切さ ~私は何をしてきたんだろう

今回、前述した友人である40代の女性に、
「部落差別って、どうしたらなくなると思う?」
と訊いてみた。
「そこに住んでることで差別されるなら、引っ越したらええんちゃう?」
と答えた。
「そうかー。でも、もし部落に住んでる人たちがみんな引っ越すことになったら、大阪のあちこちに大きな無人地帯ができるよ」
と言ったら、
「ええっ、そうなん?」
とビックリしていた。
「もし引っ越しても、就職や結婚をする時に相手が勝手に戸籍を調べて、出身地を確認することもあるよ」
と言ったら、
「へえ・・・」
と絶句していた。
話しながら、私は本当に何をしてきたんだろうと情けなくなった。先に書いたように、運動団体やその周辺で働く人たち、取材を通じて出会った人たちとは、 いつも問題意識を共有し、議論してきた。部落差別の実態に怒り、どうすれば少しでも人々の意識を変えられるんだろうと考えてきた。けれど振り返ってみれ ば、自分の生活圏のなかにいる人たちにそのことを伝えようとはしてこなかった。
私は、部落解放同盟には「自分たちが市民の目にどう映っているか」という視点と、自分たちの取り組みを市民に向けて発信していくという発想が欠けていた のではないかと思うが、それは私も含めた周辺にいる人たちの責任も大きいと考えている。解放同盟とどう“うまく”やっていくか、解放同盟から「がんばって るな」と認めてもらえるかということに腐心はしても、一番大切な「今の部落解放運動のあり方、考え方」や、それらに対する率直な意見を、市民あるいは目の 前にいる相手に伝えていくという営みのほうは、疎かにしてきたのではないだろうか。