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特集



虐待日米比較

2001/10/03


西澤哲さん
――日本で「子どもの虐待」という言葉を聞くようになったのは、最近の気がしますが。

ここ10年ほどでしょうか。1980年代にその胎動はありましたが、実際の取り組みが行われるようになったのは 1990年代からです。1990年に民間ネットワークの第1号として児童虐待防止協会(大阪)が、翌91年に第2号として子どもの虐待防止センター(東 京)が設立されたのを契機に、社会的に認知されるようになってきました。児童相談所で虐待に関する上記データがとられるようになったのも1990年度から で、子どもの虐待を取り巻く社会的な動きはアメリカより30年遅れているといえます。

ネグレクトのとらえ方、日米に大きな違い

――アメリカと日本。子どもの虐待に関する考え方に違いはありますか。

大いにあります。極端に言うと、アメリカでは「子どもは社会のもの」と考えられているため、社会が虐待に積極的に対応する。しかし、日本では「子どもは親のもの」といった考えが根強く、他人の家庭には口出ししない風潮がある。

また、誘拐件数が多い、アルコール依存症やホームレスの率が高いなど、アメリカの社会病理が日本より進んでいる ことを背景に、とりわけネグレクトに関する考え方に違いがあります。たとえば、スーパーマーケットの前にベビーカーに乗せた赤ちゃんを数分間放置しておい ても日本では問題視されませんが、アメリカではネグレクトとして親が逮捕される。幼児だけで留守番をしている間に火事が起きると、日本では「不幸な事件」 とすませますが、アメリカではネグレクトとして親が逮捕されます。
日本のデータ上の虐待件数がアメリカより少ないといっても、そういったネグレクトのとらえ方を拡大させ、子ども人口の差を考え合わせると、日本とアメリ カの虐待件数が決定的に違うとはいえないと私は思う。「親が行う、子どもにとって怖い行為」が、子どもの虐待に当たるのですから。

――日本もネグレクトに敏感になる方がいいということでしょうか。

ある意味、そうですね。児童相談所の記録に、「養育の欠如」「養護困難」などと書かれているケースでも、子ども とゆっくり面談すると「夜、家に父母のいなくて怖かった」という話が出てくる。大人に守られていない状況が慢性的に続くと、子どもは大人に対する不信感や 世の中に対する恐怖感を持つことになる。これはネグレクトであり、明らかな虐待です。ところが、日本では専門家ですら虐待に関する考え方を持てていない ケースが多いのが実情です。

――虐待の相談窓口についての日米の差は?

アメリカでは、虐待の問題が出てきた1960年代に「これは大きな社会問題だ」といち早く気づき、既存の社会福 祉課以外に、先述したとおり、子どもの虐待の通報を受けて活動する専門のCPSを新たに設置しました。ところが、日本では90年代に虐待問題が潜在化して からも専門の機関を設けず、既存の児童相談所が扱う範囲内として現在に至っています。その差は大きいですね。
私が1985年にサンフランシスコ州立大学に留学した時、大学のカリキュラムの中にすでに“child abuse”があり、カウンセラーを養成するトレーニングプログラムも虐待が中心に組まれていました。虐待の取り組みが30年遅れている日本では、残念な がら未だにそういったプログラムが十分とはいえません。

「疑わしき」も、まず通報を

――そのような現状の日本の中で、私たちが「虐待が行われているのでは?」と疑った時、どうすればいいのでしょうか。

児童相談所に通報することです。匿名でもいいので、ともかく電話を。何らかの調査が始まり、虐待されている子どもたちを助けることにつながります。
気をつけなければならないのは、子ども当人に「このケガはどうしたの? お母さんに叩かれたのでは?」などと聞いてはいけないこと。逆効果になりかねま せん。子どもには、普段から「何かしんどいことがあれば、話を聞いてあげるからね」というメッセージを送ってやるのがいい。自分のことを気にかけてくれる 大人の存在は、子どもにとって励みになるはずです。

――では最後に、今、虐待の渦中で、苦しんでいる子どもにメッセージをください。

あなたが悪いのではない。お父さんやお母さんが苦しんでいて、その結果、間違ってあなたに暴力をふるってしまっているのだ。お父さんやお母さんに助けが必要なんだ――。そう伝えたいですね。

西澤 哲(にしざわ・さとる) 
大阪大学人間科学部助教授。1957年、神戸市生まれ。仙台の情緒障害児短期治療施設勤務時代に「虐待を受けた子ども」とかかわったのをきっかけに心理治 療に取り組むようになり、サンフランシスコ州立大学教育学部カウンセリング学科修了。虐待などでトラウマを受けた子どもの心理臨床活動を行っている。著書 に『子どもの虐待』(誠信書房)、『子どものトラウマ』(講談社現代新書)、『トラウマの臨床心理学』(金剛出版)、訳書に『トラウマティック・ストレ ス』(誠信書房)、『生活の中の治療』(中央法規出版)など。