人を診る医者でありたい 長尾クリニック院長 長尾和宏さん
2011/10/28
震災から半年後の7月、ルーツである尼崎に戻り、商店街の20坪ほどの雑居ビルで開業。レントゲン室が1畳という世界一狭い診療所のスタートです。ところが、開業当初は患者数も数えるほど。3年目から徐々に増えてきて、今度は階段まで人があふれ、出入りもスムーズにできないなど手狭になりました。
01年、国道2号線沿いの元銀行を競売で手に入れ、改装したのが現在のクリニックです。当初から複数の医者でやっていきたいという希望があって、診察室は3室に。最初は事務長もおらず、職員の給与計算から事務作業まですべて僕がやっていました。03年には外来診療を年中無休に、06年からは在宅療養支援診療所を併設して365日24時間の在宅医療を始めました。病人に休みはないんですから、当然のこと。今夏でちょうど移転10周年を迎えます。
現在、約250人の在宅患者を7人の医師で診ていますが、携帯電話での夜間対応は僕が担当しています。紹介患者は、大病院での外来通院と在宅医療の併用で始まるケースが増えています。一方、ガンや老衰などで症状が悪化して通院が困難になり在宅医療に至るケースも多く、ガンの場合は約9割が自宅での看取りです。
在宅医療に必要なのは「安心」。いい訪問看護師がポイントです。医者の仕事は患者と家族に安心を与えること。およそ週に1人の割合で看取りがあり、これまで約450人の最期に接してきて、在宅での最期はほぼすべてが尊厳死です。尊厳死(平穏死、自然死)は、実にすばらしい世界。旅立たれた後のご家族の悲しみはもちろんですが、その一方で実に穏やかで満ち足りた表情をされています。
しかし、この素晴らしさを大半の病院医療者は正面から知ろうとしません。逆に「なんでそんなことやってんねん」といった言葉が返ってくる。サッカーにたとえると、99%の医療者が病院というホームでしか闘ったことがなくて、アウェーでは何をしていいかさっぱり分からないのです。本人たちは意識してなくても、大半の医療者はアウェーを本能的にホームの縦割りの病院型に戻そうとする「癖」がある。すでに手の施しようもなく間もなく死に向かう患者にさえ、いくつもの延命チューブをつけなければといった呪縛から抜け出せないんです。
医療者や市民に向けて在宅の看取りについての講演も多く頼まれます。しかし、在宅の良さはいくら話しても、書いても、人には伝わりにくい。今後、在宅療養や看取りの素晴らしさを映像で伝えられたらと考えています。