ネット上の差別問題の現状と解決に向けたそれぞれの役割 反差別・人権研究所みえ 松村元樹さん
2019/06/11
インターネットの発展、広まりとともに、インターネットの特性を利用した差別が拡散されるようになりました。インターネットの特性とは何かについてプラス面とマイナス面をご紹介します。
まず、「時間的・地理的な制約がない」ことです。本来、インターネットは実社会に存在する格差をなくし、人と人が対等な立場で出会い、交流できることが大きなメリットとして期待されていました。たとえばネット上のコミュニティでは、小学生から企業の役員までさまざまな立場の人と出会い、対等に意見交換や情報発信ができます。人間関係をフラットにし、国境も含め、あらゆる境界を越えて交流することができます。
逆に、「悪意」があれば簡単に、誹謗中傷やデマ、差別を、いつでもどこにいても発信することができます。そして事実かどうかの確認がされないまま、匿名の人々によって拡散が繰り返されていく。いったん拡散してしまったものを削除するのは不可能な場合が圧倒的です。
次に「これまで以上に人と人とをつなげる」ことです。プラス面では、反差別と反差別をこれまで以上につなげることができ、大きなネットワークをつくることができます。一方、偏見や差別煽動の意思をもった人たちをつなげる力にもなります。ヘイトスピーチを伴う集団が、在日コリアンの人たちが多く暮らす東京の新大久保や大阪の鶴橋で、極めて悪質なデモを繰り返してきました。彼らはネットを介して「在日コリアンは特別な権利(在日特権)を享受している。日本人は在日に搾取されている被害者である」といったデマを広げました。それを信じた人たちがネット上でつながり、集団となってデモを繰り広げたのです。
「電子空間は現実社会より自己表現しやすい」という特性もあります。プラス面では、実社会では面と向かって表現しにくいことも、ネットでは反差別の意思をさまざまな場に発信することができます。一方、実社会にもさまざまな差別事件が起きています。その一つが公共施設などへの「差別落書き」であり、この場合、器物損壊罪などが適用される犯罪となります。
落書きは、その行為に至るまでに時間帯や場所などのハードルがあります。「見つかったらどうしよう」という躊躇も出てきます。しかし、ネットはプライベートな空間で誰にも見られる心配もなく、差別を実行することができます。自己表現ができるプラス面と、差別表現が「しやすい」マイナス面があります。
事が起きた後の対処にも実社会とネットとの違いがあります。実社会の落書きなら、施設管理者が被害届を出し、ペンキを塗って消すなどの措置がとられます。落書きをそのまま残すというのは基本的にあり得ません。しかし、ネットでは未だ差別的な表現が規制されず、削除されないまま積み上がっているという状況です。
ネット上に差別的な表現が多いため、AIが差別を学習し、今度は人間に差別的な情報を提供してしまうという状況も生まれてきています。情報発信がより容易に、より広範囲に拡散できるというのもインターネットの特性ですが、差別的な情報が日々積み上がり、ビッグデータとしてAIが学習し、情報を求める人に提供してしまう。情報発信がより容易に、より広範囲に拡散できるようになった結果、現実社会の差別がネット上に蓄積され、再び現実社会へと還元されるという状況になってきました。
ここまで述べてきたようなインターネットの特性を使った差別の拡散に対して、どう対抗できるでしょうか。私は「実態の把握と通報」「防止・規制」「情報発信やネットワークづくり」「教育・啓発」の4点がポイントだと考えています。
ネット上の差別を発見し、通報を通じて削除していくというのは事後対応です。しかしそのまま放置されることの悪影響を思えば、いちはやく発見し、閲覧・拡散を防止する取り組みは重要です。個人でも取り組めるモニタリングの拡充が求められます。
では、どうやって差別投稿を発見するのか。たとえばYahoo!リアルタイムでは、SNSで調べたいワードを入力するだけで、そのワードを含んだ投稿を表示してくれます。お金はかかりますが、指定したワードを含む投稿や記事データを収集し、分析までしてくれる会社もあります。
こうして集めた差別的な投稿をサイトの運営者やプロバイダー(事業者)に通報します。「表現の自由」の観点から、当初は反応が消極的だった場合が多くありましたが、法律の効果、地道な運動の成果が出始めてきていると思います。
2018年12月、インターネット上の同和地区の識別情報について、「原則として削除要請等の措置の対象とすべき」という通達が法務省人権擁護局から各地の法務局へ出されました。モニタリングを拡充し、法務局へ削除要請を行うなどが求められています。
規制という観点では、サービス提供者が差別やヘイトスピーチを繰り返しおこなうユーザーのアカウントの停止や凍結をおこなうことが必要だと思います。2018年9月、ツィッター社が差別やヘイトスピーチ対策の強化を始めていると朝日新聞で報じられました。ラインやフェイスブック、インスタグラム、ユーチューブなどにはもともと利用規約に差別禁止規定がありましたが、実際は差別投稿への対処が不十分でした。「通報があればそれなりの対応をします」という姿勢でしたが、最近は投稿者の同意に関わらず、厳しい対処をとるようになってきています。
グーグルは「有益情報の優先化」を始めました。これまではアクセス件数の高い記事が検索の上位にくるという仕組みでしたが、どれだけアクセス件数が高くてもフェイクニュースやデマは検索の上位に表示をさせないというものです。ヨーロッパから始まった取り組みで、日本でも導入され始めています。実際、グーグルで「同和」「部落」をキーワード検索すると、以前よりも「部落」は差別をなくそうという主旨の情報が少しずつですが上位に表示されるようになってきています。
他にも、広告業界が人権尊重の視点を積極的に取り入れ始めています。これまでネット広告では、広告主の企業経営理念に反するようなサイトや動画に広告が表示されることがありました。「差別を助長・誘発するサイトを広告が経済的に支えている」という抗議や指摘が相次ぎ、見直しが進んでいます。
経団連は、企業の責任ある行動原則を定めた「企業行動憲章」を制定しています。2017年11月の改定で「すべての人々の人権を尊重する経営を行う」という項目が追加されました。Yahoo!も取り入れている行動憲章を具現化していく取り組み、業界や事業者の自主的な取り組みを促すシステムづくりが求められます。
同時にネットユーザーの意識も問われています。ネットの特性をプラス面で生かすには、主体的な関わりが求められます。差別を放置すれば悪化することをネットはより鮮明にしました。正しい知識や情報を発信しなければ、蔓延する一方です。正しい知識を提供する「人権問題辞典」などの立ち上げとSNS上での拡散や、広告業界・マスメディア・大手ネット事業者との連携による情報発信など、できることはまだまだあります。
差別的な投稿や記事に反論する「カウンター投稿」や通報も多くの人に関わってほしいと思います。アクティブな活動ができなくても、正しい知識や情報を伝えるサイトや投稿に「いいね」をしたり、シェアやリツイートで拡散することで応援することもできます。
教育・啓発としては、情報を見極め、正しく読み解く「リテラシー力」の育成と向上が大切です。正しい知識をもとに、差別をしない、差別に加担しない、そして差別の解決に取り組める人づくりを意識した教育、啓発をめざしています。同時に自分自身の属性(男性、日本人、正規雇用など)の有利さへの自覚をもち、差別を支えない生き方を確立していく実社会の取組がネット上の差別を無効化していくと考えています。
「差別を許さない」という思いをもつ人はたくさんいます。多様な関わり方で反差別の人権ネットワークを広げていきましょう。