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民主主義とは目の前のゴミを拾うこと 映画作家 想田和弘さん

2013/08/28


民主主義とは目の前のゴミを拾うこと 映画作家 想田和弘さん

 選挙のたびに投票率の低さが嘆かれる。自分たちの生活に直結しているはずの政治を「遠い」と感じる人は少なくない。それはなぜか。選挙運動をじっくりと観察した映画『選挙』『選挙2』を制作した映画作家、想田和弘さんに、観察を通じて見えたもの、感じたことを語ってもらった。

当たり前だと思っているものを「観察」すると

――選挙運動そのものを淡々と撮影した映画『選挙』『選挙2』、面白かったです。「観察映画」と銘打たれていますね。

 ぼくはドキュメンタリー映画を「観察映画」と称して撮っているんですね。なるべく予断と先入観を排して、対象をよく観察する。その観察で発見したことを映画にするという方法論です。そのために台本は作らず、事前のリサーチも打ち合わせもしません。まさに行き当たりばったりでカメラを回していくんです。観客にも自分の目と耳で観察をしてほしいので、観察の邪魔になるようなナレーション、音楽、説明テロップを使いません。観察の邪魔になりますからね。
 いわゆる「ネタ」よりも「視線」で映画を作るので、原理的にはどんなものでも観察映画の対象となりうると思います。

――そういう意味では、選挙運動は対象としてピッタリでしたね。観察の対象として見た時、選挙運動の奇妙さに初めて気がつきました。

 面白いことに、ぼくたちはふだん、いろんなものを自動的に頭のなかで処理してるんですよ。たとえば、たすきをかけた候補者がマイクで何かを話していたら「あ、選挙だな」と脳内で処理して、考えるのはそこでおしまい。「選挙運動とはこういうものだ」というお決まりのイメージがあって、選挙運動が「記号」として機能しているので、それをちゃんと見ようという気にならないんですね。
 でも、あらためて観察してみると、日本の選挙運動って公職選挙法に位置づけられた公式の制度であり、多額の税金も使われているのに、とてもヘンだと思うんです。選挙カーに名前をバーンと書いて大音量で名前を連呼したり、顔写真と名前とスローガンだけのポスターを並べたり、立候補者の政策や人柄を知ることとは関係ないことが、選挙運動として行われている。あれで選べというのは、本来おかしな話ですよね。見慣れた光景を「当たり前」とせずによく観るだけで、そういう発見がある。これが観察行為の効果だと思います。

――確かに選挙運動の滑稽さがクローズアップされました。『選挙2』では、1作目の『選挙』に登場した候補者や政党の"反発"がまた観察されていましたね。

想田和弘さん

 1作目の『選挙』は2005年秋、ぼくの大学時代の同級生、山さんこと山内和彦さんが川崎市議会宮前区補欠選挙に自民党公認候補として出たので撮影しました。ベルリン映画祭に招待されたのを始め、海外で高い評価を得ました。ただし、上映会場では必ず大爆笑が起こり、一種のコメディ映画として受け取られたんですね(笑)。だから、大真面目にやっている選挙運動を笑われた格好になった自民党の人たちは、不愉快だったのでしょう。それが『選挙2』で撮影を拒否された背景だと思います。
 実は山さんも『選挙』ができた当初は怒ってたんですよ。どうも彼は、自分を力強いヒーローとして描く『情熱大陸』みたいな内容の映画を期待していたらしいです(笑)。ところが、『選挙』では山さんが失敗したり、怒られたり、夫婦喧嘩したりするところがたくさん映されている。山さんが初めて作品を観た時、途中から顔色がなくなっていって、最後は目が三角になって「こんなの公開できないよ」と。それを2日がかりで説得して、最終的には納得してくれたんですけどね。ぼくと山さんは大学の同級生で気心知れた関係です。その彼ですら、引いた目で観察しているぼくの目線は痛かったんですよね。だから快く思わない人が自民党の中にいるのは理解できます。
 山さんは『選挙』では当選し、2007年春に任期満了となりましたが、次の選挙では自民党に公認されず不出馬となりました。その後、息子の悠喜くんが生まれ、主夫として家事と子育てをして、平穏無事に暮らしていた。
 ところが、2011年3月11日、東日本大震災が起き、福島第一原発が爆発した。それをきっかけに、山さんは直後の4月1日公示の川崎市議選に無所属での再出馬を決意します。というのも、川崎市でも放射線量が以前の2倍まで高くなっているにもかかわらず、他の候補者たちは原発問題に触れようとしない。だから自分が立候補して脱原発を訴えようというわけです。前回とは状況がまったく違う、「組織なし、カネなし、看板なし」。ついでに「準備もなし」(笑)。選挙ポスターなんか、前作『選挙』のポスターを勝手に加工して使ってるんだから、ひっくり返りそうになりましたよ。選挙の総予算はポスターとハガキの印刷代、8万4720円だけ。その選挙戦をぼくは撮影して、『選挙2』を作ったわけです。
 まあ、山さんの今回の選挙運動のやり方にはいろいろと批判もあるでしょうけど、彼がやったことには大きな意義があると思うんです。選挙に出るといえば「破産覚悟で田畑を売って」みたいなイメージがありますが、「実は誰でもローコストで出たい時に出られるよ」と山さんは自ら示したわけです。投票したい人がいない時に棄権するのではなく自分が出るとか、いいと思う人をみんなで担ぎ上げるというふうになってきたら、民主主義も本当の意味で機能し始めるのではないでしょうか。