民主主義とは目の前のゴミを拾うこと 映画作家 想田和弘さん
2013/08/28
――先ほどの憲法の話もそうですが、民主主義も有権者一人ひとりが自覚していなければボロボロになっていくんですね。
ええ。民主主義以前、絶対王政では国王に主権がありました。主権とは何かというと、国の政治について判断し、決断し、責任をとるということです。しかし国王一人が主権を握っているのはまずいというわけで、民衆に主権を移行したのが民主主義です。つまり民衆一人ひとりが判断し、決断し、責任をとることを引き受けるということです。
もっと平たく言えば、みんなのことはみんなで議論して決める、結果もみんなで責任をもつ。それが民主主義なんですね。だから主権者が受け身じゃまずいんですよ。国王の代わりに国を運営していくんですから。
「民主主義とは何か」という原点に帰って考えれば、自分の関心があるものだけを買い、不具合があればクレームを言うだけで責任はすべてサービス提供者にあるという消費者意識では、民主主義が機能するはずがないんですね。でも、こういうことをツィッターでつぶやいたら、「私たちはもっと賢い消費者にならないといけないですね」という返信があって、ガックリきました(笑)。自分の存在を消費者としかイメージできない人たちがいるということだと思います。
実は、映画の世界でも同じ現象が起きています。映画の受け手が「鑑賞者」ではなく、「消費者」と化してきているんですね。それに合わせて、作り手も何でも懇切丁寧に説明し、悲しい時に悲しい音楽を流し、楽しい時には明るい音楽を流す。つまり作り手がすべて離乳食のように映像を噛み砕き、スプーンでその「離乳食映像」を観客の口に運んであげ、観客は噛むこともなく飲み込むような映像文化が主流になっている。この状況は映画文化にとって悲劇的です。
作り手と鑑賞者は対等な関係であり、ある種の勝負をする場が映画館だとぼくは考えています。作り手がピッチャーなら、観客はキャッチャーとして受け取るのではなく、バッターとして打ち返してほしい。そういう関係を結びたいんですよ。だから観察映画ではナレーションなどの説明を省くんですね。
――作り手だけでなく、観る側の力も問われますね。そういう意味では民主主義の主権者であることとつながっているように思います。
つながっています。同じことなんです。個人の主体性。個人の主体性が問われている。
社会が高度化するにつれて分業が可能になり、そのやりとりに貨幣が介在するようになりました。おかげでぼくのように映画を作るだけでごはんが食べられるわけですが、すべての価値をお金ではかる度合いが進み過ぎて、今や教育や医療、福祉、芸術、政治など本来は消費モデルとはなじまない分野までも消費者的な立場でとらえてしまう「クセ」がつき始めてるんですね。しかし、そうした分野を収益やわかりやすさ、あるいは「自分にとって利益があるかないか」で判断するのは非常に危険です。そのことを私たちはもう一度思い出す必要があると思っています。
――そのための第一歩が、政治に主体的にかかわることなんですね。
はい。たとえば「選挙権」と表現するように、選挙に行くのは権利だと言われますが責任でもありますよね。極端な話、もし有権者全員が「自分が投票しなくても」と棄権したら投票率0%で、民主主義は終わります。投票しないということは、民主主義が崩壊する可能性を容認するのと同じなんです。
棄権とは、ひとつゴミを投げ捨てること。みんながゴミを投げると「民主主義」という名のまちはどんどん汚くなっていく。今はそういう状況になりつつあります。有権者の約半分が「自分のゴミぐらいいいじゃん」という意識でゴミを捨てているんですからね。
逆にぼくがこうして政治的な発言をしたりするのは、自分の目の前にあるゴミを拾うという気持ちなんですよ。僕ひとりでの力では絶対にまちからゴミはなくならないけど、目の前のゴミを拾い続ければ、少なくともそのぶんはきれいになる。ぼくがゴミを拾っているのを見て、「自分もやろう」と思う人が現れないとも限らない。そういう人が増えると民主主義のまちはけっこうきれいになる。たぶん、民主主義ってそういうものなんですね。たとえ小さなことでも主体的に責任を果たす意識をもち続けていきたいと考えています。
(2013年7月インタビュー 取材・構成/社納葉子)
想田和弘(そうだ・かずひろ)プロフィール
映画作家。栃木県足利市生まれ。東大文学部、SVA映画学科卒。93年からニューヨーク在住。台本や事前のリサーチ、ナレーションや音楽などを使わないドキュメンタリーの方法論・スタイルである「観察映画」を提唱・実践。その第1弾『選挙』(07年)は世界200カ国近くでTV放映され、米国でピーボディ賞を受賞。第2弾『精神』(08年)は釜山国際映画祭とドバイ国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞を獲得するなど、受賞多数。観察映画番外編『Peace』は香港国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞、東京フィルメックスで観客賞を受賞。『演劇1』『演劇2』(第3弾・第4弾)はナント三大陸映画祭で「若い審査員賞」受賞。最新作『選挙2』は2013年夏、公開。著書に『精神病とモザイク』(中央法規)、『なぜ僕はドキュメンタリーを撮るのか』(講談社現代新書)『演劇vs映画 ドキュメンタリーは「虚構」を映せるか』(岩波書店)。