性暴力は魂の殺人だ
2012/08/23
結局、一睡もすることなく、帰宅できたのは被害に遭った翌日の夕方。山本さんにとって両親に会わせる顔がなかったのは当然だろうが、グッタリして上手く歩けない状態の彼女を、家族は日常のまま何事もなかったように迎え入れた。
「2階で布団にうずくまっていると、普段通り階下から楽しそうな夕食の会話が聞こえてきて、私だけ取り残された感じだった。家族もショックのあまり、どう声をかけていいか分からなかったはず。でも、普段通りの振る舞いに混乱し、家族の前で辛い感情を出すことはできませんでした」
何よりの救いとなったのは、PANSAKUのパートナー・サクさん姉妹をはじめ、友だちの支えだった。特にサクさんの父親からの電話で、『あなたは悪くないよ』という泣きながらの言葉は心に響いた。「犯人に対して怒りを覚えるといった感情すらなく心が凍結していた私に、『犯人の大バカやろう!』と泣いて怒ってくれた。自分のためにこんなに怒って泣いてくれる人がいると号泣してしまいました」
その頃は、朝、目が覚めるたびに、きょうもまた1日が始まる、とがっかりしてしまったという。「なんで真っすぐ家に帰らなかったんだろう」「私は本当に汚い」「もう誰も愛することも、愛されることもない」と自分を責めに責め、「死にたい!」を繰り返した。そういう時も「ぱんちゃんは悪くないんだよ」「自分を責めなくていい」「ぱんちゃんは本当に大事な存在だよ」というメッセージを送り続けてくれた友人たち。
「そういう友だちがいたので、完全に閉じこもって内側からカギをかける前に、それをしないで済んだ。本当に感謝しています」
被害の後、身体にかなりの違和感を感じながらも、仕事は4日間休んだだけで出勤した。何かに打ち込めば以前の生活に戻れる、被害のことは忘れていくだろうと自分に負荷をかけたのだ。その生活を何とかキープできた1年。やっと事件のことを思い出さなくなりそうと思えた矢先、フラッシュバックがあった。外出時に何気なくすれ違った男性の香りが犯人がつけていた香水と同じで、その瞬間、嫌な体験が甦ってきたのである。
「私の中であの日のビデオテープの再生ボタンが押されてしまった感じ。今、殺されるかもしれないと、たまらず道路に飛び出し、その場にへたり込んで号泣してしまいました」
以来、精神が不安定になり、高速道路で「車の中」が怖くなり、衝動的に外に飛び出そうとしたこともあった。うつ的になり、話を聞いてくれる友人がいたから薬に頼らずに済んだものの、身体を壊して仕事も長く続けられず、1ヵ月に2~3日は必ず寝込む日が続いた。少しずつ始めていた音楽活動もペースダウンした。
それでも投げ出すことがなかったのが、音楽との暮らし......。4年後の2008年には、ありのままの自分たちを表現し、生きることを通して「心をテーマ」にした音楽活動をしていこうと、サクさんとデュオPANSAKUを結成。その前向きな想いをさらに強くしたのが、被害から5年後の警察からの1本の電話だった。
犯人が逮捕されないまま、証拠品と提出していた被害時の服を事務上の手続きとして返却するというのだ。重い腰を上げ警察署に出向くと、無配慮にも当時と同じ取調室へ通された。
「その空間に座った瞬間、ショックが甦り泣き出してしまったけれど、自分の中で何かが変わっていた。5年前にあんなに辛いことがあったけれど、時間は止まったままじゃなくて、今はちゃんと前を向いて生きている、自分なりに闘ってるんだと確認できた。ホッとしている自分に初めて気づきました」
そして2010年春には、被害体験から立ち上がってきた自分自身を歌った曲「STAND」を発表。あくまでもありのままの表現者でありたいと、マスコミも含め実名で性暴力被害者であることを公表した。本当の意味での被害者支援活動がスタートしたのである。
「さまざまな反応があったけれども、むしろ応援してくれる人が多かった。それはきっと私自身が前向きに歩けている時期に公表できたから......」