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部落差別とインターネット 阿久澤麻理子さん

2018/06/29


部落差別とインターネット 阿久澤麻理子さん

ネット上で永続的に拡散される差別

 2016年の年初、「鳥取ループ」というハンドルネームを使う、ある男性が昭和10年に内務省の外郭団体がおこなった全国の部落に関する調査資料『全国部落調査』を画像でネット上にアップしました。その後、画像データだけでなく、すべてをテキストデータ化し、都道府県別にしてウィキというシステムを使ってインターネットで公開していきました。さらにこのデータを書籍化し、出版する準備を進めオンライン書店Amazonで予約販売を開始しました。

 部落解放同盟は出版・販売の差し止め、インターネット上のデータ削除を求める仮処分の申立てをおこない、裁判所もこれを認める決定をおこないました。現在も、本訴の民事訴訟が東京地裁で進行中です。詳しくは下記のサイトをお読みください。

※「全国部落調査」復刻版 出版差し止め事件裁判

 しかし、仮処分の対象となった特定のサイトやデータが削除されても、ネット上にいったん載せたものはコピーが繰り返され、拡散していきます。情報はいまも複数のサイトで閲覧可能な状態にあり、むしろ増殖しています。

 全国部落調査のデータが、インタラクティブなプラットフォームである、ソーシャルメディアを使って拡散されたのも問題です。Wikipediaというオンライン百科事典をご存知かと思いますが、Wikiは、内容の編集・削除が自由で、誰もが情報を加筆できるシステムです。多数の参加者が参加し、情報を充実させることができるので、辞典づくりにはよいのですが、これを使って「同和地区Wiki」を立ち上げ、部落の地名をネットに載せたことは(しかも、接続経路を匿名かするソフトの使用も呼び掛けた)、悪意の第三者が、情報を精緻化する書き込みができる環境を作ったことになります。また、Amazonをソーシャルメディアと認識している人は少ないかもしれませんが、カスタマーレビューに商品の評価を書き込むことができるので、差別や悪意の拡散にも利用できます。

 「鳥取ループ」は、アップされたのは単なる「地名」なので、「人権侵害にはあたらない」と主張しています。しかし誰もが書き込めるWikiをつかってネットに掲載することに、私は差別の意図を感じます。差別の助長や誘発どころではない、煽動といえるのではないでしょうか。

二極化する部落問題の「学び」

 1969年に同和対策事業特別措置法が施行され、2002年に「地対財特法」が失効するまでの期間は、一連の特別法の下で、国も、各地の自治体も部落問題についての教育や啓発に熱心に取り組みました。この時期に義務教育を受けている年代層は、学校で部落問題を学習した割合が高いのではないかと考えられます。そこで、特別法と義務教育を受けた時期の関係について表をつくってみました。

年代別・特別法と義務教育の関係

 今、40歳代の人たちは全員が特別法の時代に義務教育を受けたことがわかります。一方、30歳代になると特別法の期限切れが近づき、20歳未満では全員が法期限後に義務教育を受けているという状況です。

 つまり若い世代は、法との関係からも部落問題について学習する機会が減ってきた世代だと言えるでしょう。部落地名総鑑事件について学ぶ機会もなかったでしょう。また、基本的な歴史の知識(封建時代には、身分・職能・居住地が重なり合っていたこと)もなければ、部落の所在地を特定するような行為は差別や排除につながる不適切な行為だということも、十分理解できないかもしれません。

 内閣府が2017年10月におこなった調査(全国の18歳以上3000人対象。有効回答1758票)のなかに部落問題に関する質問があります。「部落差別等の同和問題について、初めて知ったきっかけは何ですか」という質問に対し、「家族」や「親戚」など身近な「私的ルート」をあげた者は20.8%、「学校の授業で教わった」という人が22.9%、「テレビやラジオ、新聞などで知った」という人が16.5%です。一方、「知らない」という人が17.7%います。

   これを年代別に見ると、50歳代以上の人は家族など「私的ルート」が多く、逆に40歳代以下の人は「学校の授業」が増えます。一方で、30歳代以下の年代では、「知らない」という人も2割から3割います。若い人のなかでは、学校の授業で教わるか、あるいはまったく知らないでいるかという「二極化」しているのがわかります。

年代別・同和問題の認知経路

※内閣府 人権擁護に関する世論調査

 その他、「近畿大学学生人権意識調査・部落問題編」(2015年6月実施)や「人権についての姫路市民意識調査」(2016年11月実施)でも似かよった調査結果が出ています。10歳代・20歳代に焦点を当ててみると、学校で知るか、まったく知らないかのどちらかという人がほとんどで、やはり「二極化」が浮かび上がってきます。
 
   また、部落や部落住民との関わりが薄いというのも特徴です。近大調査では7割が「同和地区の人とのかかわりはまったくない」、姫路調査でも若者世代では7割が「同和地区出身の友人・知人がいない、またはわからない」と答えています。

年代別・同和地区出身の友人・知人がいるか

※人権についての姫路市民意識調査結果報告書

※近畿大学学生人権意識調査(部落問題編)

リアルな出会いとつながりで差別に抗する

 このように若い年代層にとっては、部落は「知らない」か、あるいは「知識はあっても具体的な出会いがない」存在です。これに対して、年代層の高い人たちは同和対策事業が始まる以前の部落の姿も記憶しているかもしれません。地域や人に向けられる差別を見聞きした人もいるでしょう。それが弱まっていくこと、そして若い年代がかつてのような差別を見聞きすることがなくなってきたことは、もちろん悪いことではありません。ただ、「出会いがない」「習っていない」「知らない」という状態が、非常に脆弱状態であるということも認識する必要があると考えます。習っていないのも問題ですが、習っていても「出会い」がなければ、部落は非常に抽象的な存在となります。

 ある大学の授業で課されたレポートの中で、「ネットで調べてみたら、部落の地名リストが見つかり、身近なところに部落があるとわかると、部落という存在が、急に現実味をもった」と書いた学生がいました。しかし、部落の地名を知ることがリアリティを感じることなのでしょうか??。人権教育に携わっている身としては、大変厳しい思いを抱かざるを得ません。

 学生たちは生まれた時から身近にデジタル機器のある、デジタルネイティブ世代です。そしてソーシャルメディアには似かよった考えをもった人をどんどんつなげていく特性があります。つまり差別的なサイトを繰り返し見ていると、AIによって、似通ったサイトへどんどん導かれてしまうでしょうし、同じような行為をしている人とつながってしまうのです。私は人権教育のなかで、「自分とは違った意見や考え方をもっている人と議論しましょう」と教えてきましたが、そもそも同じような考えをもつ人としか出会わなくなる可能性がある。これが新たなデジタルデバイド(情報格差)と呼ばれるものです。これをどう突破していくか。新たな課題だと考えています。

 同和教育あるいは部落問題学習においては「差別の現実に学ぶ」ことを重点に置いてきました。校区に部落のある学校では、フィールドワークをしたり、地域の歴史について調べるなどして地域教材を作り、部落の歴史や文化を学ぼうという取り組みもなされてきました。

 人と人とが出会い、つながり、共感し、一緒に学びながら差別に抗するコミュニティとして成長していくことが目指されました。具体的な現実を知り、コミュニティと出会うことによって感じるリアリティと、部落の地名や所在が顕現したことで感じるリアリティとは質的に違います。

 また、自分や親戚の住む地域をインターネットで検索し、その地域が部落だとされている地域だと知って、衝撃を受けたという学生もいました。「なぜこんなところに生まれてきてしまったんだろうか」とレポートに書いていたこの学生には、一緒に差別と向き合ったり学習したりする仲間との出会いの経験がまだないのではないでしょうか。これからの教育や啓発が取り組まなくてはならないのは、こうした若者が孤立しないような、リアルなコミュニティづくりへの支援や出会いの場づくりだと思います。

 日々拡散するネット上の差別に対抗しながら、現実の世界での出会いとつながりを支えていきたいと思います。

(この原稿は講演内容を編集部でまとめたものです。)

阿久澤 麻理子さん
1963年大阪生まれ。大阪市立大学人権問題研究センター/都市経営研究科教員
【テーマに関りの深い最近の論文】Akuzawa (2016) Changing Patterns of Discrimination in Japan: Rise of Hate Speech and Exclusivism on the Internet, and the Challenges to Human Rights Education. In Taiwan Human Rights Journal. Vol3(4) pp.37-50.
「インターネットと部落差別『全国部落調査』事件が提起すること」『部落解放』2017年9月号(746)解放出版社pp.79-87.

※参考文献
奥田均(2007)『見なされる差別 なぜ部落を避けるのか』解放出版社
近畿大学人権問題研究所(2016)「2015年度近畿大学学生人権意識調査(部落問題編)」
堺市(2016)『第7回堺市人権意識調査結果報告書』
内閣府(2017)「人権擁護に関する世論調査」
二宮周平(2006))『新版 戸籍と人権』解放出版社
姫路市(2017)『人権についての姫路市民意識調査結果報告書』
法務省「部落差別の解消の推進に関する法律」が施行されました