インターネット上の差別 裁判で明らかになる実態 弁護士 中井雅人さん
2017/06/19
インターネット上には、さまざまな差別的な書き込みや表現があふれています。現在、私が弁護団の1人として関わっている「全国部落調査」復刻出版事件は、インターネットの抱える課題が浮き彫りとなった、象徴的な事件だといえると考えています。
【事案の概要】
神奈川県川崎市の出版社「示現舎」(実態は2名の個人)が、大部分が手書きによる「全国部落調査」を活字化する等の編集をし、『復刻全国部落調査部落地名総鑑の原典』(以下、復刻版)と題した書籍を出版しようとしました(2016年4月1日出版予定とされていた)。
「全国部落調査」とは、財団法人中央融和事業協会が1935年に調査し、翌1936年に刊行された内部の調査報告書で、全国の部落所在地、部落名、戸数、人口、職業、生活程度等が記載されています。1970年代に問題になった「部落地名総鑑」と同じく、部落差別を助長し、固定化する機能を有するものです。
【事件の経緯】
2016年2月、部落解放同盟中央本部が「復刻版」出版の情報を入手。急遽、弁護団を編成し、任意での解決を目指して示現舎の代表であるM氏と面談をもち、出版の中止を要請しました。しかし「そのような約束はできないし、仮にここで約束したとしても必ず破る」との回答だったため、法的手段に踏み切ることとなりました。
2016年4月4日、インターネット上における「復刻版」出版、インターネット上での公開(1「全国部落調査」や「復刻版」の電子データの公開、2「部落解放同盟関係人物一覧」の公開)の差し止めを求めて、仮処分を申し立てました。
4月18日、「全国部落調査」「復刻版」「解放同盟関係人物一覧」すべてを削除し、今後もインターネット上にあげないことを命じる仮処分が出ました。
4月19日東京地裁にて、部落解放同盟と、246名の個人が原告となり、本訴の提起をおこないました。
また、この間に強制執行のひとつの類型である間接強制が行われています。相手方が形式的に仮処分に従ったものの、ミラーサイトが残っているため、ミラーサイトの削除を求めると同時に、削除しない場合は1日につき10万円の支払いを求めました。弁護団の主張通りの決定が出ました。
※ミラーサイトとは、元のサイトのすべて、あるいは一部と同様の内容をもつ複製サイト。サーバーの負担を減らすためにつくられることが多い。
以上が、2017年5月現在までの経緯です。
被告・M氏は、自分が原告となり、さまざまな訴訟を起こしています。たとえば滋賀県では、隣保館の所在地の開示を求めて訴訟を起こし、最高裁まで争いました。その結果、最高裁は、隣保館等の所在地を公開すれば、「各地区の居住者や出身者等に対する差別意識を増幅して種々の社会的な場面や事柄における差別行為を助長するおそれがある」とかなり踏み込んだ判断をしました(最高裁平成26年12月5日判決)。同判決は確定し、M氏の敗訴となっています。このように最高裁から「差別行為を助長するおそれがある」と指摘されながらも、M氏は、全国部落調査事件において、堂々と「全国部落調査」の公開を認め、裁判でとことん争う姿勢です。こうした姿勢にも差別の確信犯であることが表れています。
裁判をするには、「権利が侵害されている」ことを主張する必要があります。では、今回の裁判ではどんな権利が侵害されているといえるのでしょうか。
「部落解放同盟関係人物一覧」は、個人の名前、住所などが掲載されており、あきらかにプライバシーの侵害です。一方、「全国部落調査」には個人名は掲載されていません。ここで何の権利を侵害しているのかという問題が出てきます。弁護団としては、プライバシーの侵害、名誉権の侵害、「差別されない権利」の侵害、最後に解放同盟の業務を円滑におこなう権利の侵害を主張しています。なかには疑問をもつ人もいるかもしれません。この4つの権利侵害の前提としてあるのが、現在も残る深刻な部落差別の存在です。部落差別が今もあるからこそ、部落の所在地を公開されることが「差別されない権利」の侵害になり、名誉権の侵害、プライバシーの侵害となるのです。
誰がどこの出自かを特定する。これが部落差別の大前提です。「部落解放同盟関係人物一覧」や「全国部落調査」は、まさにこの「誰」「どこ」を特定するもので、いわば「差別の道具」です。「差別の道具」をインターネット上でばらまいていることを、どう法的権利に結びつけていくかが問題なのです。
被告側は法的な争点と無関係なことも含め様々な主張をしていますが、その一部を紹介します。被告側は「『全国部落調査』それ自体、またはその一部の情報は完全非公開の情報ではないので、出版もネット上での公開も問題ない」という旨主張しています。しかし、ごく限られた場所で情報を公開することと、世界中の誰もが、いつでも、どこでも閲覧可能なネット上で情報を公開することとは同列に論じることができないのは明らかです。また、被告側は「部落民宣言」「立場宣言」を持ち出し、「全国部落調査」の公開を正当化する主張をしています。しかし、カミングアウトとアウティングは違います。カミングアウトとは、自分の立場を自らの意思で表明することです。アウティングとは、部落差別について言えば、他者が本人の意思を全く顧みることなく、被差別部落出身等の情報を公開して晒すことです。まったく意味が違うことはご理解いただけるでしょう。被告のやっていることは、アウティングにあたり、許されないものだと考えます。
また、「差別されない権利」という表現は、多くの人にとって見慣れないかもしれません。これは憲法上の権利です。日本国憲法第14条の末尾に、「門地または社会的身分によって差別されない」と書いてあります。「社会的身分」による「差別」には、部落差別が含まれるという解釈が通説です。
憲法第14条は、戦後70年間、「平等の問題」として取り扱われてきました。たとえば非嫡出子の相続分の不平等さや、女性の再婚禁止期間など、誰かに比べて平等かどうかが論じられ、判例が積み重ねられてきました。これはこれで重要な議論です。
しかし、部落差別の問題は誰かと誰かを比較して平等か否かという観点だけでは解決できない側面があります。「平等」か「不平等」か、という視点だけでは、「差別」を考える上で重要な差別行為の悪質性や差別による被害実態等の「主観」が見逃されてしまうのです。「差別」とは行為者の主観的な蔑視感情の現れです。国や社会による制度的な差別にせよ、個人的な差別にせよ、「差別」には必ず差別行為者の「主観」、被差別者の「主観」があります。こうした差別行為の悪質性や差別による被害実態等の「主観」を具体的に検討し、法的に許されない「差別」については規制を加え、「差別されない」状態を作出することが憲法14条の要請だと考えるべきです。全国部落調査事件に関しては、差別的意図も、部落差別の現実も明白であり、「差別されない権利」の主張は、認められるべきものだと考えています。
私としては、この事件を通じて日本の法制度の不十分さと、インターネット対策の不十分さを感じています。インターネットのスピードや、いったん拡散すれば完全に削除することは非常に困難であるという特性に対して、有効な手段は現状ではほとんどありません。こうした現状である以上、間違った情報を見抜く力を身につけるための教育の充実は欠かせません。
また、悪質なミラーサイトは、海外のサーバーをいくつも経由していることが多く、発信者を特定するのが極めて難しいというのも大きな課題です。こうしたさまざまな問題と課題に対して、どう対応していくのか。インターネットの匿名性を逆手にとり、差別を拡散することを楽しむかのような加害者に何ができるのか。法整備も含めて、真剣に考えるべきだと思います。
こうした問題をめぐって、必ず加害者から主張されるのが「表現の自由」です。確かに、出版もネット上の言論も「表現の自由」でしょう。しかし、表現の自由が他の人権より優れているわけではありません。差別されない権利、プライバシー、名誉・・・これらも表現の自由と同等に尊重されるべき権利です。差別を拡散する言論を「表現の自由」と言ってしまうのは、人々が自分たちの命や生活を守るための政治的言動や社会的運動、そこに付随する「表現の自由」を貶めることであると考えます。
2016年12月、部落差別解消推進法が成立しました。部落差別の存在は、立法機関でも認識されているのです。この法律をできる限り有効に使いつつ、ネットリテラシーの力を培う教育や啓発にも力を入れていきましょう。