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ふらっとへの手紙



ふらっとへの手紙 文公輝さん ヘイトを許さない、生まない社会へVol.1

2016/03/31


ヘイトスピーチの被害の実態を知り、ともに闘いを 多民族共生人権教育センター 事務局次長 文公輝さん

在日外国人の人権を守る法律がなかった

 2016年1月15日、「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」が大阪市議会本会議にて可決されました。在日コリアンとして、またNPO法人多民族共生人権教育センターの職員として、民族差別の実態をみてきた者として「ようやくここまできたか」という思いでいっぱいです。

 戦後70年を経たにも関わらず、これまで日本には在日外国人の人権を守る法律がありませんでした。在日外国人に関する法律といえば、外国人登録法や入管難民法など個人情報や人権を管理・制限する法律しかなかったのです。国籍条項によって社会保障制度から排除され、国民健康保険に加入できなかった時期も長くありました。

 在日コリアンに対する差別はずっとありましたが、2009年ごろからインターネットや街頭でのヘイトスピーチが過激さを増してきました。市民、特に当事者に向かって直接まきちらすヘイトスピーチは暴力そのものです。しかしヘイトスピーチを規制する法律はありません。ヘイトスピーカーたちは「表現の自由」を盾に、ありったけの罵詈雑言を在日コリアンに吐き出しています。

  100人の声から浮かび上がった深刻な被害

 ヘイトスピーチは繁華街だけでなく、生活の場においてまでおこなわれています。在日コリアンが多く住む地域の駅前や商店街、住宅街を「朝鮮人出て行け!」「死ね!」とマイクで叫びながら練り歩くのです。大阪市生野区では商店街に面している高齢者のグループホームに入所している在日1世、2世の人たちは脅えたりパニックになったりしました。過去の被差別体験がフラッシュバックしたと思われます。日本で生まれ育った若い世代も、「皆、自分たちを嫌っているのではないか」「なぜ差別されなければならないのか」と悩んだり、保護者や教師に不安や恐怖を訴えたりしています。多民族共生人権教育センターでは地域の人たちの協力を得て2014年8月、「生野区におけるヘイトスピーチ被害の実態調査」を実施し、100人の声を集めました。

「ヘイトスピーチを見聞きしたことはない」という人は100人中わずか4人でした。自由記述欄には多くの人が怒りや恐れや不安な気持ちを書いてくれました。「体がふるえて長くその場にはいられなかった」「一番最初に感じたのは恐怖。参加している人が主婦、若い女性など年齢層もさまざまな人が大きな声でののしっているのをみて怖かったし、とてもその場にいることが出来なかった」「税金も国民年金も支払っているのに、私達在日の存在自体を嫌う人々がこんなにいるのがショックだった」など。実態調査をしなければ表に出てこなかったであろう、切実な声です。読みながら「みんな、自分の経験や思いを伝えたかったのだ」と思いました。けれど伝える場がなかったのです。公開していますので、ぜひ多くの人に読んでいただきたいと思います。

ヘイトスピーチの暴力性をあらためて痛感

 一方、「差別は許さない」と立ち上がる人たちもたくさんいます。ネットでの悪質な差別表現を見つければサーバー管理者に通報し、ヘイトスピーチのデモや集会があれば現場でカウンター(対抗)活動をします。カウンターに参加するのは「差別を許さない」「差別のない社会を次世代に」と個人の思いと意思で集まった人たちです。「これは日本人の問題だ」と言い、各地のヘイトデモに駆けつける日本人の姿に救いを感じます。

 同時に、ヘイトスピーチがいかに人を傷つけるかということも思い知らされます。先日、大阪でカウンターをがんばっている、在日の青年2人と話す機会がありました。いつも元気がよくて、「闘う」という印象の強い彼らがカウンターに行くたびにダメージを受け、途中で嘔吐したり、ヘイトデモの光景がその後も繰り返し脳裏に蘇るというのです。ひとりの青年はベビーカーのあかちゃんにまで差別的に罵っている場面に遭遇して、以来、半年以上も睡眠導入剤を飲まなければ眠れなかったと語ってくれました。市民が魂を削る思いで差別を食い止めようとがんばっているのです。大きなショックを受けるとともに、ヘイトスピーチを放置してきた政府や行政、警察に怒りを覚えました。

ヘイトスピーチ対処条例を生きたものにするために

  生野区での実態調査を実施することになったのは、私が生野区の公立中学校でのヘイトスピーチに関する出前授業の依頼を受けた時、先生から「ヘイトによる子どもたちの被害はちゃんと把握できていない」と言われたのがきっかけでした。そこで授業では「ひどい差別が起こっているが、たくさんの在日の先輩や日本人が"差別は許さない"と闘っている。社会には信頼できる人もたくさんいる」という話をしました。

 その後集められたアンケートでは子どもたちが率直な感想を書いてくれ、思った以上に多くの子どもたちがヘイトスピーチを目撃し、傷ついていることがわかりました。たまたま問題意識のある先生が私に声をかけてくれたことがきっかけとなって被害の声をすくいあげられましたが、そうでなければ子どもたちの傷つきは「なかった」ことになっていたでしょう。被害の可視化と数値化の必要性を痛感したことが実態調査につながりました。調査結果は大阪市にも提出しました。

 ある中学生は自宅の前までヘイトのデモ隊がやってきたこと、そして「自分が韓国人であることを外ではあまり言わないほうがいいと思った」と書いていました。子どもにこのようなことを書かせてしまう社会ではあってはなりません。 「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」では、審査会によってヘイトスピーチと認定されれば、ヘイトスピーチをした人物の氏名あるいは団体の名前等が大阪市によって公表されます。行政が差別認定することで、確信犯的な差別主義者に対する社会的非難が強まるのではないでしょうか。それだけでなく、デモや街宣、公共施設の利用について、「公序良俗」「公共の福祉」に反するという理由で不許可にしたり、ヘイトスピーチをおこなわない条件付きで許可したりするなど、従来とは異なる警察や行政の対応の根拠となっていくことも期待されます。

 一方で、残念ながら「ヘイトスピーチをしてはならない」という禁止条項は入りませんでした。この法律を生きたものにするために、つまりは差別という暴力を許さず、安心して暮らせる社会をつくるために、市民一人ひとりの意識と行動が問われていると思います。(2016年2月談)