平成10年3月、これまで夫婦2人のんびり楽しく暮らしてきた生活が一変してしまいました。その夜、テレビの深夜映画を観るという夫より先に床につき、翌早朝、聞き慣れないうめき声に目を覚ますと、夫がテレビの前で倒れていたのです。すぐ救急車を呼んだものの、脳出血で右半身が麻痺し、失語症も併発していました。まだ、56歳でした。 在宅介護を始めて13年になりますが、介護生活は出会う人によって天国にも地獄になるんだとつくづく感じています。病院の医者や看護師さんは、患者には手厚くしてくださるものと思い込んでいました。でも、病気になった途端、彼らに心身共にズタズタにされたんです。救急病院で手術を受け、回復の兆しがない夫の病状に、生きた心地がしないまま1週間が経過した時、担当医からそっけなく告げられました。 「次の病院を探しといてくださいね。ご主人のような状態の人は、どこの病院でも受け付けてくれへんから自分の足で探すしかありません。現実を知りなさい」 相談する家族もなく、それでも1人で必死になって走り回りやっとの思いで探した次の病院でも……。 「植物人間状態で来たのに、ここまでよくなったら上等やん。奥さん、どこまで期待してんの。誤嚥性肺炎で死ぬこともあるんやからね。でも、まあ10年は生きるやろうけど…」 もう全身の力が抜けて、その場にへたり込みそうになりました。病気になっただけで、なんでこんなにバカにされなあかんのやろうと、夫と一緒に死ぬことも考えました。 3つ目のリハビリ専門病院でも、また屈辱感を味わうことに。退院間近になっても夫をリハビリに連れていく私に、「お父さんにはもうリハビリはいらないのに、連れていかれてかわいそう」。看護師長の言葉でした。 その一方で、看護師はミスだらけ。熱湯寸前のお風呂に入れられそうになったり、自分の勤務時間が過ぎそうだからと、大事な喉の器具交換を適当に済まされそうになったり。24時間つき添い小さなミスまで細かく指摘する私に、どれだけ冷たい視線が投げかけられたことか。もう悲しくて辛くて…。そのころは24時間泣いていた感じで、帰宅するため電車に乗っていても上を向いていないと涙がボタボタ落ちてくる状態でした。
私にとって夫は、本当にかけがえのない人。幼い頃から父の再婚相手の義母にいじめられて育った私は、結婚して初めて甘えられる人に出会ったんです。だから、「寝たきりになる」と言われ続けても、どうしても夫に回復してほしかった。介護もがむしゃらでした。 在宅介護になって夫が何も口にしなくなった時、余りのじれったさに思わず「こんなに一所懸命やってるのにどうして食べてくれへんの?」と言ってしまったんです。すると、意思表示のできないはずの夫が横を向いたかと思うと、「はぁ~!」と大きなため息をつきました。びっくりしたと同時に、私の行動が夫に一番ストレスをかけてるんやと気づかされました。 それからは意識的に外に目を向けるように心がけ、西宮市の認知症介護者の会「さくら会」に参加。そこで父親を介護中のまるちゃん(丸尾多重子さん)と出会ったのです。介護しやすいリフォームや使いやすい道具など教えてもらって。とにかくまるちゃんと一緒にいたら面白くて、心からホッとできました。 その後「つどい場さくらちゃん」がオープンし、もちろん私は利用者第一号。さくらちゃんに行くようになってからは、水を得た魚のように元気になりました。周りも介護者ばかりで何でも言えるのが救いでした。ご飯を一緒に食べながら便の話だって平気でできる。みんな命スレスレの経験をしてるから、行くだけで心が安まりました。家では自分のための食事を作る時間もないし、気力もない。さくらちゃんの昼食はおいしい上に品数も多く、介護者にとって栄養補給の場。気持ちとお腹が安定すると、家に帰って「お父さん、ただいま!」と笑顔で夫に声をかけられるんです。 すると、素晴らしいことが起きました。介護して8年目のこと、お風呂上がりに私の方を指差すので、「この人だれなん?」と聞いてみたら、失語症の夫が「あけみさん」と呼んでくれた! もう驚きです。「もう1回言うて」と言ったら、「もう言うたやん」って二言目まで返ってきたんです。その後も「どんな言葉が出るのか」と期待しながらの介護。1年に1回ほどその喜びが味わえています。 今では座ることができ、普通のおかずとおにぎりを前に置くと手で食べれるようにもなりました。寝たきりと言われたのに、介護タクシーなどを利用して近場のいろんな場所に出かけたり、さくらちゃんの北海道旅行にも毎年(7回目)車いすで参加しています。とにかくあきらめずに声かけをすること、リハビリが大切やと思います。今も毎週、音楽運動療法としてトランポリンやボールで遊ぶホームトレーニングを続け、一般のリハビリにも通っています。訪問看護師さんやヘルパーさんと一緒にワイワイ楽しくやってるのもいいんでしょうね。 私自身、いつまで介護できるのか、夫の今後のことなど考えると心がつぶれそうになるけど、さくらちゃんがあるから支えられてる。もしなかったら、こんなに明るい介護はできてなかったと思います。セミナーも参加すれば得るものや役立つことがあり、いろんな方とつながりもできました。だから、介護で外にも出られず家で悶々としている人を、どうにかして引っ張り出してあげたい。私らって、ほんまに幸せやなあと思うんです(談)。
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●「つどい場さくらちゃん」のHP http://www.tsudoiba-sakurachan.com/
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