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ふらっとへの手紙



ふらっとへの手紙from釜ヶ崎vol.2

2010/01/28


酒で失敗を重ねた人生。もう繰り返さない 常連 井上登さん

素面ではコミュニケーションがとれない

ココルームには、フェスティバルゲートにあったころから顔を出してたんです。仕事は大工で、マンションの内装工事を「請け」でやってます。1日あたりでいうと1万2,3千円にしかなりません。バブルの頃は3万という話もあったらしいですけど、今の景気は最悪ですね。去年の10月からいっぺんに新しいマンションが建たなくなって、仕事があるのは月に15日ぐらいです。  そんな調子なんで、毎日のように来るようになりました。だけど、実は酒のせいで、出入り禁止寸前までいったんです。
 ぼく、だいたい酒癖が悪くて、これまでの人生も酒で失敗してきました。中卒で大工に弟子入りしたんですけど、昔は建前(上棟式)で酒がでるでしょう? 親方や先輩が勧めるから、15,6で酒を覚えてね。飲んではけんかやら遊びやら、好き放題してました。
 19のとき、協調性がなくてすぐ酒を飲む自分に嫌気がさして、自衛隊で鍛えて性格を改めようと思ったんです。大型の免許もすぐ取れると聞いてね。だけど、最初に入った航空自衛隊も、次の陸上自衛隊も、最後は酒が原因で辞めました。大型免許はある試験がどうしても通らなくて、取れずじまいでした。
 ものごとを素面でできないんですわ。コミュニケーションが下手というコンプレックスがあるから、人と会うときは飲んで勢いをつけないと話せない。飲んだら飲んだで、からんで嫌われる。
 自衛隊時代、文通していた女の人がいたんです。男ばっかりやから、みんなだいたい雑誌の文通欄で見つけた相手と文通してました。気が合いそうやなと思ったら実際に会うんです。
 ぼくは生まれが岡山ですから、「岡山で会いましょう」と。そのときも、恥ずかしいから酒を飲んで行ったわけです。赤い顔してるから、向こうはすぐわかりますよね。それっきりでした。
 釜ヶ崎に来たのは21歳のときです。自衛隊の同期生に「西成に行けば仕事がある」と聞いてたんで。若いから仕事には困らなかった。いくらか金をためて、25までには釜から抜けないかんと思ってました。だけど人にボート(競艇)を教えてもらって通うようになったんです。遊びを覚えて、金をためるどころか、うどん玉にしょうゆをかけて食べるときもありました。結局、(釜ヶ崎に来て)もう37,8年になります。全部、自分が悪い。

応援したいのに、土足で踏みにじってた

ぼくも組合運動やってたから、ここでやってることも理解できるんです。ぼくらの時代のような過激な運動じゃないけど、これから必要なことちゃうかな。だから応援したいと思ってるのに、酒飲んで踊ったり騒いだり、めちゃくちゃしてた。假奈代さんとも何度も口論しました。あとで後悔するんやけど、謝るのも照れくさくて「飲んでたから覚えてない」と嘘をつく。素面では行きづらいから、また酒飲んで景気をつけて行く。その繰り返しでした。
 ある日、假奈代さんのブログに「毎日酒を飲んできては、くだをまいてる人がいる。次の日になると覚えてないと言う」と書いてあった。名前は書いてなかったけど、おれしかない。「わぁ、こんなひどいことしてるんか」と思った。しんどいなかがんばってて、自分も応援しようという気持ちがあるのに、実際にやってることは土足で踏みにじる行為や。これはあかんと。おれの人生もこのままではあかんと思った。
 それからここでは酒を飲んでません。全然飲まないというわけにもいかないけど、ここでは飲んでません。もう1ヶ月ぐらいになるのかな。
 心の切り替えができたから、うれしいですわ。こういう状態でみんなと協力しあえるというのが。もう一人の友だちも、今ちょっと酒を控えてるんです。
 假奈代さんの詩は情感があって好きですよ。声もいい。自分も俳句はたまに。下手やけど、自分で感じたことを書く。いいもんやね。(談)

仕事なし 心がすさむ 暮れの釜
冬の釜 先を見据えて 生きてやる   心登

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