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あらゆる差別を禁止する公民権法がベース

 付け加えると、アメリカでは障害があることを不採用の理由にすることも禁じられています。
 企業側は、車椅子で面接に来た人に、障害のことを聞きたいですよね。そういった時、「私たちが求めているのは、この仕事の内容を出来る人ですが、あなたはこの仕事が出来ますか」と聞くんです。この「出来ますか」には、「企業が適切な対処をした場合」という法律的な定義がある。「適切」の定義は、「企業に著しい負担がかからない程度」。つまり、年商1億円の企業の場合に車椅子用トイレやスロープの設置に2000万円が必要なら「著しい負担になりますので、お断りします」で良いが、年商の多い大企業ならそれくらいの金額は適切だということ。
 だから、面接で「この仕事が出来ますか」「はい、出来ます」というシンプルな問答だけで、十分なんです。

ケント・ギルバードさんの写真 このように、人種差別を根っこにしてあらゆる差別を禁止するという公民権法があり、性差別もその一環と位置付けているのがアメリカ。すべての法律に罰則規定があり、違反すると強制的に意識させようというのも、日本と違うところです。
 1960年代後半から70年代初頭にかけて、フェミニスト団体の主張に端を発した「すべての権利を男女平等に」とするERA(Equal Rights Amendment=男女平等権修正事項)が、上院下院を通過し成立しそうになった。しかし、これが成立すると「男女別のトイレはいけないの?」「女性も最前線で戦わなければいけないの?」となることに気付き、州議会での可決がもう少しのところで規定数に届かずに不成立となった。アメリカの法律には、このような経緯もあります。

 ただし、男女平等に関して、現在日米どちらの国が進んでいるとは一概に言えないと思います。国会議員の数で言うと、日本は衆議院・参議院合わせて252人中、女性は43人で10.8%ですが、アメリカでも上院・下院合計535人中、女性は72人で13%に過ぎないんです。カリフォルニア州選出の上院議員は2人とも女性ですし、女性市長も珍しくないですが、アメリカでもまだまだ政治の世界は男性中心です。しかし、アメリカでは夫婦別姓や非嫡出子の同等相続の制度がすでに認められているのに、日本は国連の女性差別撤廃条約を批准しているにもかかわらず認めていない。日本に法的な女性差別が依然として残っているのは大きな問題です。

国会議員秘書からのセクハラ相談

 なかには、法的な女性差別が残っていようがいまいが、自分には関係ないと思う人もいるかもしれません。でも、それは違うと私は思う。法治国家である以上、人々をとりまく環境は、法律によって大きく左右されます。
 一例を話しますと、私は以前、ある超大物議員の女性秘書からこんなセクハラ相談を受けたことがあるんです。女性秘書は再三議員からアプローチを受け、理解しないふりをしたり、無視をしたりして対応していたんですが、2年ほど経って「お前が俺と寝ないんだったら、首にするぞ」とはっきり言われ、本当に首になった。
 セクハラ法もまだなく、セクハラが今ほど大きな社会問題として浮上していなかった頃のこと。私は、彼女に「あなたは不当解雇という理由で訴訟を起こすこともできるし、マスコミに訴えることもできる。ただし、そうすると超大物議員対あなたの『言った』『言っていない』の論争となり、あなたは連日ワイドショーに出ることになる。訴えるなら私は弁護士として最善を尽くしますが、現実問題としてあなたは辛い思いをする覚悟が要りますよ」と言わざるを得ませんでした。そして、私はかなり迷いましたが、次いで「あなたがこれから一番したいのは何ですか」と問うと、彼女は「良い会社に就職して、面白い仕事がしたい」と答えた。それで、彼女にヘッドハンターを紹介することにしたんです。その結果、2週間後に、彼女は希望する他の仕事につきました。

 この結末が良かったのかどうか。皆さんは、どう思いますか。
 本当を言うと、日本のおじさんたちがセクハラとも思っていない体制を崩すためにも、彼女に先頭に立って闘って欲しかったんですが、セクハラ法もなかった当時は限界があった。マスコミに人権を踏みにじられるという2次被害を考えると、私は彼女に闘うべきだとは言えなかったわけです。闘うことと、生活の安定とを両天秤にかけなければならないという社会背景があった。その時にセクハラ法があり、周囲の意識も進んでいれば、少し違った結果になったかもしれないと思いませんか。

 セクハラといえば、アメリカではシカゴのテレビ局で、最近、ニュース番組のメインキャスターをやっていた女性が、「視聴率が下がったのは、あなたが年をとって魅力的でなくなったからだ」という理由で解雇される出来事がありました。彼女は、テレビ局を相手に訴訟を起こしたのですが、「そういう職業だから、仕方がない」という判決がおりて、負けてしまったんです。
 その後、彼女はどうしたかというと、別の局に移ってニュース番組に出演し、高視聴率を獲得しました。実力主義の国だからこその快挙でしょうが、男女平等に関する法的整備が整い、差別なく雇用の門戸が開かれていることとも無関係でないと思います。

「女性管理職の下では働けない?」

ケント・ギルバードさんの写真 最後に、個人的な話をしましょう。
 僕は、就職活動で、アメリカで2番目に大きな木材の会社に履歴書を送り、その会社の総務部長の面接を受けたことがあったんですが、面接が終わってお礼の手紙を送ったら、怒りの電話がかかってきたんです。
「あなたは、女性の下で働くことを問題に思っているわけですか。女性の管理者の下では働けないんですか」
 と。僕は面接を受けたすべての会社にお礼状を送っていたので、その総務部長は女性だったのに、他の会社に送るのと同じように「Mr.」を「Ms.」や「Miss.」「Mrs.」に変えるのを忘れて送っていたからなんです。「そうじゃなくて、単なるタイプミスです。申し訳ございません」と、いくら謝っても許してもらえなかった。
 タイプミスに対して、この女性総務部長は過敏だったというとらえ方もあるでしょう。だけど、それくらいピシッと言わないといけないという考え方は、大いに理解できる。男社会で随分苦労して、管理職になられたんだと思います。差別する側とされる側の意識はまったく違うから、こちらが無意識のうちにした行いが、相手は非常に差別的だと感じることもある。僕は、あれから、どんな時も相手の立場に立った言動をしようと、すごく気をつけるようになりましたね。

ケント・ギルバート 
タレント、コメンテーター。カリフォルニア州弁護士。1952年、米アイダホ州生まれ。プリガムヤング大学大学院で法学博士号・経済学修士号取得。1971年、モルモン教の宣教師として初来日。1980年、企業の法律コンサルタントとして再来日。本業の傍ら、TBS系「世界まるごとHOWマッチ」をはじめTBS「サンデーモーニング」、NTV「知ってるつもり」などテレビ番組に出演し、マルチタレントとして活躍。「国際化途上国ニッポン」(近代文藝社)、「不思議な国ニッポン ケント・ギルバートの素朴な疑問」(素朴社)など著書多数。

 

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